解説者のプロフィール

松平浩(まつだいら・ひろし)
1992年順天堂大学医学部を卒業後、東京大学医学部整形外科教室に入局。1998年、東京大学医学部附属病院整形外科の腰椎・腰痛グループチーフに就任。同大学にて博士号を取得。2008年、英国サウサンプトン大学疫学リサーチセンターに留学後、2009年に関東労災病院勤労者筋・骨格系疾患研究センターセンター長に就任。2014年より現職。著書に『「腰痛持ち」をやめる本』(マキノ出版)、『新しい腰痛対策Q&A21』(産業医学振興財団)など。
「腰痛には安静が必要」という思考そのものが再発や慢性化を促す
多くの人を悩ませている腰痛。その腰痛が、大きく二つに分けられることをご存じでしょうか。
一つは「特異的腰痛」。こちらは、検査や診断によって原因がはっきり特定でき、専門医による治療が必要となる腰痛です。例えば、座骨神経痛を伴う腰椎椎間板ヘルニアや、腰部脊柱管狭窄症、感染性脊椎炎、脊椎腫瘍などがこれに当たります。
もう一つ、腰痛全体のうち、8〜9割を占めるのは、「非特異的腰痛」と呼ばれるもので、変形性腰椎症、腰椎椎間板症、腰椎すべり症、筋膜性腰痛、ぎっくり腰という病名がつくことが多いです。要するに、原因がよくわからない腰痛という意味です。
非特異的腰痛に対して、「まず安静」と考えるのは、逆効果の場合が多いのが実情です。近年では、非特異的腰痛の場合、安静に過ごすことが、かえって腰痛の回復を妨げ、再発や慢性化を促すことがわかってきました。
それは、「腰痛には安静が必要」という思考そのものが、「動けばまた腰痛が起こるのではないか」という不安や恐怖を強め、過度に腰を守る「恐怖回避思考」につながるためと考えられます。
すると、体を活発に動かさなくなり、腰を支える筋肉・背骨の力や柔軟性が失われます。その結果、腰痛の悪化や再発、慢性化を起こしやすくなるのです。
非特異的腰痛の改善には「普段の生活をすること」
同時に、腰痛への不安や恐怖そのものも、痛みを助長するもとになります。不安や恐怖が強いと、俗に「幸福ホルモン」と呼ばれる神経伝達物質のドーパミンが出にくくなります。
ドーパミンは、痛みを和らげるオピオイドという物質の分泌を高めますが、不安や恐怖が強いと、このシステムが働きにくくなり、痛みが起こりやすくなるのです。
これらによって痛みが起こると、さらなる恐怖回避思考に陥るという悪循環が生まれます。
コルセットの装着にも、同じことが言えます。「これがないと、また腰痛になる」という気持ちが、恐怖回避思考につながり、腰を保護し過ぎて筋肉を弱める結果にもなりかねません。
多くの研究でそのことがわかってきたため、西欧諸国では、非特異的腰痛の治療法として、「安静臥床(横たわって安静にすること)は勧めない」「患者を安心させ、活動を維持するように助言する」というガイドラインが確立しています。
この悪循環から抜け出すためには、非特異的腰痛だとわかったら、特別に安静にはせず、できる範囲で、普段の活動を続けることです。
「腰痛持ち」の人は、本格的な痛みになる前にも、腰の重だるさや違和感を感じた時点から、安静に努めたり、コルセットを使ったりすることが多いものです。そういうことはやめて、普段の活動を行うようにします。
「非特異的腰痛の場合、安静はかえって痛みを悪化させる」「普段の生活をしたほうが、結果的に改善する」と、しっかり認識しておく必要があります。
最大の問題は「続かない」ということ
一方で、従来から提唱されている「腰痛体操」などが、真の腰痛対策にはなかなか結び付いていない現実があります。
腰痛で受診すると、多くの場合、痛みが治まったら、ストレッチや筋トレをするよう指導されます。私自身も、以前は患者さんにそのように勧めていました。これらを持続すれば、筋力がついて体が柔軟にもなり、再発防止に効果的だからです。
しかし、最大の問題は「続かない」ということです。
いくら効果的でも、ごく少数の人しか持続できないのでは、よい腰痛対策とはいえません。また、やっている途中に腰を痛めるケースもあり、「もっと安全かつ効果的で持続可能な運動療法はできないか」というのが、私の中での課題になっていました。
そんな中で、マッケンジー法(ニュージーランドの理学療法士、ロビン・マッケンジー氏が考案したエクササイズ)の理論をベースに考案したのが、今回ご紹介する「これだけ体操」です。
1回3秒くらいで行える体操ですが、腰にかかった負担をリセットし、非特異的腰痛の発症・悪化・再発を防ぐのに、大きな力を発揮します。
「髄核のずれ」が腰痛の大きなポイントに
これだけ体操のやり方は、下記でご紹介するとおり、とても簡単です。それなのに、腰痛対策として高い効果があるのは、腰痛の発症や悪化につながる腰への負担を、軽いうちに素早くリセットできるからです。
現段階では仮説ですが、私は非特異的腰痛が起こるメカニズムの一つとして、腰椎(背骨の腰の部分)の「髄核のずれ」が大きなポイントになると考えています。
背骨は、椎骨という短い骨が連なってできています。椎骨と椎骨の間には、クッション役をする椎間板が挟まっています。その椎間板の中央にあるのが、ゼリー状の髄核です。
髄核の周囲は、線維輪という硬い組織で囲まれていますが、中にある髄核は、姿勢の変化や動作で移動しやすい性質を持っています。

《腰椎の構造》
非特異的腰痛は、椎間板の中央にある髓核がずれ、それが神経を刺激することによって起こる。腰痛を防ぐためには、髄核のずれを放置せず、こまめに正しい位置に戻してやることが重要となる。
パソコン作業やデスクワークなどで長時間前かがみの姿勢を続けたり、もともとネコ背だったり、体の前で重い荷物を持ったりすると、髄核は椎間板の後ろ側に向かってずれてきます。
長時間立ち仕事をしたり、歩いたり、腰を反り気味に立つクセがあったりすると、椎間板の前側に向かってずれます。左右に偏った動作を続けたり、姿勢がゆがんでいたりすると、左右にずれることもあります。
ずれを放置したまま腰への負担を重ねると、ギックリ腰などの本格的な腰痛、重い腰痛へとつながります。また、ずれたまま安静にすると、かえってその状態で固まってしまうので、よくありません。
ずれた髄核を正位置に戻す3タイプの「これだけ体操」
そうならないよう、その場で髄核を正しい位置にリセットするのが「これだけ体操」です。3タイプあり、傾向に合わせて使い分けます。
これだけ体操は、腰に重さや違和感を感じたときや、腰に負担をかける動作をした後などに行います。また、腰に負担をかける動作をする前にやるのもよい方法です。髄核の正しい位置と、そのときのずれをイメージし、正しい位置に戻す意識で行うのがコツです。
髄核のずれは、例えて言えば借金のようなものです。腰に負担をかける動作で「借金(ずれ)」を作ったら、その借金が増えないうちに、早めに「返済(ずれを正す)」するほど、簡単に戻せます。
腰に負担をかける動作の前にこれだけ体操を行っておくのは、逆に「貸し」を作っておくようなものといえます。
《前かがみ》の傾向のある人:「腰を反らす」これだけ体操

❶足を肩幅よりやや広めに開き、腰に両手を当て、ひざをできるだけ伸ばしたまま、上体をゆっくり反らす。
❷息を吐きながら、最大限に反らした状態を3秒保つ。
※①~②を1~2回、しっかり行う
※背中を反らすのではなく、骨盤を前に押し込むイメージで行う
《長く立つ》傾向のある人:「腰をかがめる」これだけ体操

❶イスに腰掛け、足を肩幅よりやや広めに開く。
❷息を吐きながらゆっくり背中を丸め、床を見ながら3秒姿勢を保つ。
※②を1〜2回しっかり行う。
※違和感を覚えた箇所を、しっかりストレッチするイメージで行う。
《偏った動作が多い》傾向のある人:「腰を横に曲げる」これだけ体操

❶足元が滑らない場所で、安定した壁から離れて立つ。
❷肩の高さで手のひらからひじまでを壁につき、もう片方の手を腰に当て、腰を横に曲げる。左右に行う。
❸②で違和感を感じたり、曲げにくい側があれば、その方向に、ゆっくりと息を吐きながら、痛みを我慢できるところまで、徐々にしっかりと曲げていく。
❹③を左右差がなくなるまでくり返す。
※手で骨盤を押し込むイメージで行う。
介護士への調査で腰痛の改善効果
私たちは、これだけ体操の効果を調べるために、ある社会福祉法人の協力を得て、高齢者福祉施設で働く介護士を対象に調査を行いました。
介護士は前かがみの作業が圧倒的に多く、高齢者の体を支えるので、常に腰痛のリスクを抱えています。そこで仕事中に、腰を反らすのを中心としたこれだけ体操を、習慣的に行ってもらいました。
1年後に聞き取り調査を行ったところ、体操を実行した群は、しなかった群に比べ、明らかに腰痛の起こり方が改善していました、また、腰痛で通院や休業する人も減少しました。
日ごろの診療では、非特異的腰痛をくり返す患者さんたちにお勧めして、「腰痛を起こしにくくなった」「軽くなった」と喜ばれています。
痛みそうだと思ったら、安静にし過ぎないで、これだけ体操をしっかり行ってください。それにより、腰痛を効果的に防げるようになるので、腰痛を悪化させる「恐怖回避思考」からの脱却にもつながります。