よい姿勢ですべり症の進行が止められた!
脊柱管狭窄症は、足腰に痛みやしびれが出て、悪化すると、歩いたり長く立っていたりすることも困難になる、やっかいな病気です。
50代からの発症が多いので、一般的には加齢が主な原因といわれます。そのため、年を重ねたら、自分も寝たきりになるのではないかと、不安に思う患者さんも多いようです。
しかし、私は脊柱管狭窄症の主な原因が、加齢だとは思っていません。
加齢が原因であれば、年を取った人すべてが、脊柱管狭窄症になるはずです。しかし実際には、高齢になっても、脊柱管狭窄症にならない元気な人もたくさんいるのです。
その思いは、私自身の経験と、患者さんへの指導によって、いっそう強くなりました。
私は、高校時代から分離すべり症(背骨の一部がズレて起こる病気)で、腰の痛みに悩まされてきました。この病気は、脊柱管狭窄症に進行することが多いのです。
医学生時代から、このつらい腰痛をなんとか克服したいという思いが強く、自分なりの腰痛対策の研究を続けてきました。そこでわかったのが、脊柱管狭窄症の主たる原因は、ズバリ「悪い姿勢」だということです。
よい姿勢を常に心がけることが、腰痛対策に最も重要と考え始めたのは、20代終わりのころでした。以来、常によい姿勢を取ることを心がけてきました。また、腰椎(背骨の腰の部分)の血流を促す体操などを自ら実践してきました。
その結果、40代半ばからは、腰の状態をうまく調整できるようになっています。分離すべり症の病状はかなり悪いのですが、ほとんど痛みに悩まされず、日常生活を送ることができています。
もし、姿勢が悪いままだったら、今ごろ脊柱管狭窄症になり、痛みやしびれに苦しめられていたにちがいありません。姿勢に配慮し、体操を続けたおかげで、病状の進行をピタリと押しとどめることができています。
また、30代で腰痛のためにやめていたゴルフですが、40歳過ぎから再開し、今では18ホール歩いて回っても、痛みが出ることはありません。それも、ラウンドしながら、体操を小まめに行っているからです。
こうした私自身の体験を踏まえ、脊柱管狭窄症の患者さんには、姿勢の重要性と体操の必要性をお話しして、実践してもらっています。直ちに手術が必要な重症の患者さんを除けば、体操などを実践することで、多くの患者さんの病状を改善することが可能となっています。もちろん、注射(神経ブロック)や投薬の必要な患者さんも少なからずいます。

脊柱管狭窄症とは?足腰の痛みやしびれ、歩行や立つことが困難になることも
脊柱管狭窄症を防ぎ、緩和するよい姿勢や、体操をご紹介する前に、脊柱管狭窄症がどのような病気なのか、簡単にお話ししましょう。
まず、背骨(脊椎)は、「椎骨」という一つ一つの骨と、椎間板(椎骨と椎骨の間にある円板状の軟骨)の積み重ねでできています。首から腰にかけて、7個の頸椎、12個の胸椎、5個の腰椎、仙骨、尾骨で成り立っています。
頸椎から仙骨まで、脊髄(脳と体の各部を結ぶ神経組織)と、脊髄から続く末端部分の馬尾が走っています。この神経の通り道が、「脊柱管」です。
椎骨は、おなか側が椎体、背中側が椎弓で構成されます。脊柱管は、椎体と椎弓の間にはさまれている空間です。
脊柱管は、脊髄を保護しています。しかし、この脊柱管がなんらかの原因で、変形したり、狭くなったりすると、脊髄や、そこから枝分かれした神経の根もと(神経根)、神経周囲の血管が、慢性的に圧迫されます。そうして起こるのが、脊柱管狭窄症です。
神経は、脊髄から左右に枝分かれしています。その神経の根もとである神経根が圧迫されると、圧迫された側の足や腰に、痛みやしびれが起こります。初めは、左右どちらか一方に多いのですが、進行すると両側に発症します。
また、脊柱管狭窄症の代表的な症状である「間欠性跛行」も生じてきます。
脊柱管狭窄症の人は、歩き続けたり、立ち続けたりすると、足や腰に痛みやしびれが出て、歩くことも立ち続けることもできなくなります。しかし、しばらく腰かけたり、しゃがんだりして休憩すると、痛みやしびれが治まり、再び歩いたり、立ったりできるようになります。これが、間欠性跛行です。
脊柱管は、前かがみになると少し広がり、症状が軽くなるため、脊柱管狭窄症のかたは、自転車に乗って移動したり、カートを押して歩いたりするかたが多いのです。

悪い姿勢が腰の血流障害を引き起こす
さて、こうした脊柱管狭窄症の直接的原因ですが、冒頭で述べたように、悪い姿勢です。その理由を説明しましょう。
四足歩行の動物の場合、腰に余計な重みがかかりませんが、私たち人間は、直立歩行するようになったため、上半身の重みが腰にかかるようになりました。例えば、体重50kgの人の場合、上半身の重さは30㎏くらいあり、その重みを腰が受け止めているわけです。
私たちの体を横から見ると、背骨はS字状のカーブを作っています。これは、体重をうまく分散させるための柔構造なのですが、姿勢が悪いと、体重をうまく分散させることができなくなります。結果、腰に30kgの荷重がかかることになるのです。
先ほどのS字状のカーブのうち、腰のところは、前側に突き出すように反っています。ここに大きな荷重がかかると、どうなるでしょうか。
反っている背骨の後ろ側に上半身の圧がかかり、そこを強く圧迫するので、血流障害が起こります。そのため、新鮮な血液が不足し、酸素や栄養が十分に届けられなくなります。
つまり、姿勢の悪い状態が長く続けば続くほど、血流障害による酸欠状態、栄養不足状態が継続し、組織が壊れ、脊柱管の狭窄につながる変形が生じてくるのです。
四足動物のイヌやネコが、後ろ足だけで立つと、椎間板ヘルニア(椎骨と椎骨の間の脊柱管が飛び出して起こる病気)になりやすいのも、同じ理由です。
背骨の背中側には椎弓がありますが、血流障害が起こると、多くの場合、椎弓と椎弓をつなぐ靭帯(黄色靭帯)が肥大して厚くなり、脊髄を圧迫します。また、椎間板が変性して飛び出すことも脊髄を圧迫する要因となります。私の腰のような分離症やすべり症も含めて、これらが私の考える脊柱管狭窄症の引き起こされるメカニズムです。
身長を高くしようと体を持ち上げるイメージ
立ちっぱなしや座りっぱなしで仕事をしている人、家でテレビばかり見ているような運動不足の人たちに、脊柱管狭窄症が起こりやすいのも、姿勢の悪さから生じる血流障害が長時間続くからです。
例えば、歩くときには、お尻と太ももの筋肉が動きます。それが骨盤を動かして、腰椎の血流を促します。したがって、よく歩く人は、その部位に血流障害が起こりにくく、脊柱管狭窄症にもなりにくいのです。
動かないでいることが、いかに悪いかおわかりいただけましたでしょうか。
とはいっても、同じ姿勢を続けなければならない仕事もたくさんあります。そんなときに重要なのが、よい姿勢なのです。
姿勢が悪いことで、上半身の重みによる腰の血流障害がもたらされるわけですから、よい姿勢を常に心がけることは、脊柱管狭窄症を改善するための大前提になります。
では、よい姿勢とは、どんな姿勢でしょうか。わかりやすいたとえを挙げてみましょう。
皆さんは、身体検査で身長を測るとき、身長が少しでも高くなるようにと、かかとをつけた状態であごを引き、一生懸命、体を持ち上げようとした経験がおありではないでしょうか。この姿勢が、立っているときの理想なのです。
この姿勢のときは、ひざが伸び、太もも(大腿四頭筋)とお尻の筋肉が緊張し、肛門が締まります。体はわずかに前傾し、かかとと、足の裏にある母趾球(親指のつけ根のふくらみ)、小趾球(小指のつけ根のふくらみ)の3点で立ちます。そのときの重心は土踏まずになります。
ここで重要なのが、太ももとお尻の筋肉です。これらの筋肉は、長時間歩いたり、走ったりし続けることが可能な持久力のある筋肉です。腹筋や背筋などの薄い筋肉には、持久力がなく、長い時間よい姿勢を保つことはできないのです。
イギリスのバッキンガム宮殿の近衛兵が、まさにこの姿勢で立っています。こうした立ち方をしているため、長時間安定して立ち続けられるのです。狂言師の野村萬斎さんも、同じ立ち方をされています。
なお、座っているときは、座高を高くするイメージです。よい立ち姿勢と同じように、太ももとお尻をほんの少しだけ緊張させます。
よい姿勢を取ると、体の重みを全身で支えられるようになります。上半身の重みを、腰だけではなく、下半身で支えられるようになるのです。その結果、腰椎に過大な荷重がかからなくなり、血流障害が防げます。
さらに、「ソンキョ体操」を行うことで、腰椎の血流を継続的に促すことができます。腰に酸素と栄養が十分に供給されるようになります。
脊柱管狭窄症の人でも、その進行を押しとどめ、痛みやしびれを減らせる可能性はあるのです。よい姿勢ほど、美しさや若々しさを保つこともできます。年だからと決してあきらめないでください。

伊藤邦成先生
1948年、静岡県生まれ。74年、東京医科大学卒業。同大学整形外科入局後、霞ヶ浦付属病院、東京警察病院整形外科を経て、88年に伊藤整形外科開院。著書に『整形外科医が教える元気な体の作り方』(幻冬舎メディアコンサルティング)など。