
五輪競泳チームの 躍進の秘密は「腹横筋」

「よい姿勢になる」と金岡先生
ロンドンオリンピックでの日本の競泳陣の活躍は、めざましいものでした。金メダルこそ逃したものの、銀メダル3個、銅メダル8個。私は、2000年に開催されたシドニーからアテネ、北京、ロンドンと、これまで4大会のオリンピックにわたって、競泳のチームドクターを務めてきました。長年選手たちのトレーニングを身近に見てきましたが、ここ数年で、明らかに変わった点があります。それは、「体幹筋の強化」です。
現在、スポーツの世界では、パフォーマンスをより高めるために、体幹部の筋肉を鍛えるトレーニングが盛んに行われています。体幹筋は、体の土台となる筋肉で、体を安定させる機能があります。ここがしっかり使われると、力が効率的に手足に伝わり、高い運動パフォーマンスを発揮できるのです。例えば水泳なら、しっかり体幹筋を固めて泳ぐと、同じ力でもより推進力が強くなります。われわれ競泳チームも、北京オリンピックの少し前から、専門トレーナーによる体幹筋トレーニングを取り入れました。今回のロンドン大会の好成績は、間違いなくその成果だと思います。
ところで、「体幹筋」と聞いても、ピンと来ない人が多いかもしれませんね。
体幹筋は胸、おなか、背中など、体幹部(胴体の部分)を構成する筋肉で、何層にもなって背骨を支えています。おなかの部分で言うと、いちばん外側から腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋があります。
そして、それらの筋肉のいちばん奥に、腹横筋という、腰椎(腰の部分の背骨)に直接くっついている筋肉があります。体幹筋の中で、最近注目されているのが、この腹横筋です。
腹横筋は、ちょうどコルセットのように、ぐるりとおなかを包んでいます。まさに背骨を支える要の筋肉で、これがしっかり働いているから、よい姿勢を保てたり、背骨をしなやかに動かせたりするのです。
今、「体のコア」を鍛えると人気のエクササイズ、例えばピラティス、ヨガ、各種の骨盤体操、ロングブレス、フラダンスなどは、いずれも方法論こそ違え、腹横筋を鍛える運動です。この、体の土台となる腹横筋をいかに使えるようにするか。これが、コアエクサイズの行き着くところなのです。

脊柱管狭窄症などの腰の痛みに効果あり
その腹横筋を鍛える方法として、最も簡単でわかりやすいのが「へそを引っ込める」運動です。専門的にはこれを「ドローイン」と言い、五輪水泳チームのウォーミングアップでも、多くの選手が行っていました。
日常の生活で、私たちは普通に立ったり歩いたりしていますが、そういう日常の動作は、腹横筋を使わなくてもできます。ですから、普段、運動をしていない人は、ほとんどこの筋肉を使っていません。アスリートでさえも、この筋肉をうまく使えていない選手がいます。つまり、それほど意識して使うことが難しい筋肉なのです。
しかし、腹横筋を使わずに生活していると、さまざまなところで支障が出てきます。姿勢が悪くなり、立っているときの体重がもろに背骨に加わって、背骨の老化が進んだり、腰痛がひどくなったりします。また、体が安定しないので、転倒しやすくなります。
私たちは、慢性腰痛を訴える患者さんに、へそを引っ込める運動を指導し、どれくらい痛みが改善するか調べてみました。被験者は男性4名、女性14名の18名で、平均年齢は54・1歳です。
患者さんには、腰痛のほかに下肢(足)・お尻の痛み、しびれなどがありましたが、腰痛は1ヵ月後から有意に改善していき、6ヵ月後には、ほぼすべての症状が消失しました。
また、体幹筋の変化を見ると、腹直筋、腹斜筋はほとんど変化しなかったにもかかわらず、腹横筋だけが有意に厚くなっていました。へそを引っ込める運動で、腹横筋が鍛えられることがわかります。
また、被験者の中には、四つん這いになって片手を上げることすらできない人がいましたが、1ヵ月後にはそれができるようになりました。これは、今まで使えなかった腹横筋が使えるようになったからです。
このように、へそを引っ込める運動をすると、腹横筋を使えるようになり、それによって腰痛や下肢の痛みなどが改善していくのです。
では、なぜ腹横筋を使えるようになると、腰痛が改善するのでしょうか。
人間の骨格を横から見ると、背骨はゆるいS字カーブを描いています。それを周りからしっかり支えているのが、腹横筋です。腹横筋には、こうして背骨を安定させるとともに、骨盤を後傾させる働きがあります。
まずは、普通に立ってみましょう。多くの人の場合、普通に立った状態では、骨盤は少し前に傾き、その上の腰椎は反った状態になります。
このように腰が反ると、腰痛が出やすくなります。特に、変形性脊椎症や脊柱管狭窄症(背骨内部の神経の通り道である脊柱管が狭くなり、神経が圧迫されて痛みやしびれが出る症状)のように、中高年に多い腰痛は、腰の反りが痛みをひどくします。
今度は、へそを引っ込めて立ってみましょう。すると、腹横筋が働いて、骨盤が少し後ろに傾き、腰の反りが減ります。そのため、先ほどの二つの腰痛をはじめ、腰の反りが関係している腰痛は、痛みが軽減するのです。
よい姿勢の定義は難しいですが、骨盤が後傾し、腰の不自然な反りがなくなると、背骨の弯曲は全体に弱くなり、自然なS字カーブを描くようになります。腰にとっては間違いなく、この姿勢のほうが負担が軽くなります。
腹横筋が働いてよい姿勢が保てるようになると、二次的効果も生まれてきます。歩くときの安定性やバランス能力が高まって、転倒を防止したり、ひざの痛みが軽減したりするのです。
さらに、腹囲も減ってくるので、メタボリックシンドロームの改善にも役立ちます。
ドローインで反り腰が改善

腰骨の内側あたりの 筋肉を意識して行う
腹横筋は体のいちばん奥にあるので、表層にある筋肉のように、一般的な筋力トレーニングではなかなか鍛えられません。
ところが意外なことに、「へそを引っ込める」という誰にでもできる方法で、鍛えることができるのです。
これなら腰痛のある人でも、自宅で簡単にできると思います。
その具体的なやり方をご紹介します。運動強度ごとに三つのステップに分かれていますので、ステップ1から始めて、これがしっかりできるようになったら、ステップ2、ステップ3にも挑戦してみましょう。
「ドローイン」のやり方がひと目でわかる写真図解
ステップ1

ステップ2

ステップ3

◦ポイント
腹横筋は、セキをしたときに動く筋肉です。セキの場合は反射で筋肉が動きますが、それを自分で動かすことができるようにするのがこの運動の目的です。ですから、この運動をするときも、その筋肉を意識しながらするといいでしょう。
具体的には、骨盤の内側の、腰骨から親指1本分内側に入った辺りを意識します。へそを引っ込めているとき、そこが固くなるようにするのが、この運動のポイントです。触って確認してみるといいでしょう。
うまくできない人は、肛門を締めるように力を入れると、へそが引っ込みやすくなります。しかし、筋肉は独立して動かせるようになるのが理想なので、慣れてきたら、へそだけを引っ込めるように心掛けてみてください。
やり方が身に付いたら、起きた状態でもやってみましょう。歯を磨きながら、あるいは車の運転中の信号待ちの間など、日常の動作の中に取り入れると、習慣化しやすくなります。