身体的原因で起こる 慢性痛はむしろ少数
長年、体のどこかに痛みを抱えているという人は、大勢います。それが足腰であれば、「歩くと痛い」「思うように歩けない」となって、生活の質を大きく落とす原因になり、要介護の問題にもつながっていきます。
日本国内での調査では、ひざの痛みに悩んでいる人は約820万人、腰の痛みに悩んでいる人は約1020万人に上り、痛みは、日本社会の深刻な問題となっています。
体の痛みは、通常、ケガや病気をして、体の一部が損傷することで起こります。ですから、原因となるケガや病気が治れば、本来は痛みも治まるはずです。ところが、ケガや病気が治っても、痛みが長く残る場合があります。よくいわれる「慢性痛」とは、この状態を指しています。
慢性痛は、「体に痛みの原因が残っているから起こる」と思われがちです。確かに、神経が刺激され続けて長く痛むなどの場合もありますが、そのように純粋に身体的(器質的)な原因から起こっている慢性痛は、実は少数で、腰痛を例に取ってみると、全体の約15%程度と考えられています。
あとの約85%は、さまざまな社会的要因や心理的要因も絡まって起こる混合性の痛みです。具体的な要因はケースバイケースですが、ここで重要なことが三つあります。
1 慢性痛の多くは「記憶」が関与している
痛みを感じるのは、痛みの信号が神経を通じて脳に伝わるからですが、神経や脳がその信号を記憶すると、痛みが持続的に起こりやすくなります。梅干しのことを考えるだけで唾液が出るのは、脳や神経に梅干しの味が記憶されているから、ということをご存じの人は多いと思います。
同様に、原因がなくても、痛みのことをイメージするだけで、神経や脳の記憶によって痛みが起こることがあります。この場合、痛みの実体がないだけに厄介で、薬などによる治療が難しいのです。
また、傷などが治っても多少の組織変化は残ります。組織変化自体が、強い痛みを引き起こす原因ではなくても、痛みの事を思い出させるような要因になれば、痛みが持続することにつながります。
2 「安静」で起こる痛みもある
多くの人は「動くと痛みが増す」と思っていますが、実際は逆に、長く安静を保つほど、筋肉の萎縮や、関節内でクッション役をする軟骨の圧迫壊死、同じく潤滑油の役をする滑膜の癒着などが起こりやすくなります。
筋肉は、疲れずに動くための「赤筋」から減るので、安静期間が長いほど、再び動いたときには疲れやすく、痛みが再現しやすくなります。
3 「痛み=つらい・苦しい」とは限らない
脳の中で痛みを感じる場所と、つらさや苦しさを感じる場所は別です。つまり、必ずしも「痛い=つらい・苦しい」ではないのです。「少々痛くても、できることからやっていく」という目標設定が大事なのです。
受け身の姿勢から 積極的な姿勢に変える
では、慢性痛とうまくつきあうには、具体的にどうすればいいでしょうか。大きく分けて「二つの道」があります。
当センターに見える患者さんの多くは、「痛みを取ってほしい」とおっしゃいます。痛みがある間は安静にして、薬などで痛みを取りたいと思っている人が多いのです。そんなとき、私たちは、次のようないい方で「二つの道」を示します。
「あなたは、痛くても動けるのがいいですか。痛くなくて動けないのがいいですか」
後者は、長くベッドに寝ていて、強い鎮痛剤などを使い続ければ可能ですが、その場合、しだいに身体機能が低下していきます。じっくりお話しすると、ほとんどの患者さんは前者を選びます。そこで、具体策としてお勧めするのが、ウオーキングなどで体を動かすことです。
先に述べた痛みの記憶は、容易には消せませんが、運動すると体を動かすことに意識が向くので、記憶による痛みを感じにくくなります。運動によって筋肉の萎縮や関節軟骨の壊死、滑膜の癒着などが防げることも、痛みの緩和につながります。
実際、さまざまな調査で、運動習慣のある人のほうが慢性痛を感じにくいことがわかっています。また、運動をすると、動き始めには痛みを感じるものの、運動後はらくになるという人が非常に多いのです。
その上、痛みそのものは変わらなくても、運動をすることによって、痛みに対する抵抗力が増していくこともわかっています。
つまり、慢性痛の場合、多少の痛みならがんばって運動するほうが、結果的には痛みが和らぎ、身体機能もよく保たれるのです。なお、ひざなど歩くときの痛みの改善を目的として、ウオーキングする場合、下記のポイントを心掛けると効果的です。
今までの医療は、患者さんの立場からいうと、ほとんどが「医師や鍼灸師などになんとかしてもらう」という受け身の医療でした。しかし、慢性痛に関しては、ご自分の体を自ら積極的にメンテナンスし、「やりたいことをやるために動いてみよう」という意思が重要です。
「痛みがなくなったら、これをしたい」ではなく、運動やセルフメンテナンスで痛みと向き合い、痛みが残ったとしても、できる範囲でやりたいことを実現させていこうという姿勢で、痛みを克服していってください。
歩く時の慢性痛の軽減に効果的なウォーキングのポイント

体を動かすことが痛みの緩和につながる