解説者のプロフィール

大谷晃司
福島県立医科大学医療人育成・支援センター兼整形外科教授。1990年、福島県立医科大学医学部卒業。
14年より現職。専門は、脊椎・脊髄の外科、高齢者の整形外科、慢性疼痛の治療。
共著に『長引く腰痛は脳の錯覚だった』(朝日新聞出版)がある。
椎間板ヘルニア図解

マクロファージがヘルニアを食べる!
腰痛の原因の一つに、腰椎椎間板ヘルニアがあります。
背骨を構成する骨(椎骨)の間には、クッションの役割を果たす椎間板という軟骨があります。椎間板は、外側に厚い袋状の線維輪という組織があり、その内部にゼリー状の髄核という物質が入っています。
椎間板がつぶれ、線維輪の一部が膨らんだり、髄核が線維輪を突き破って飛び出したりした状態が椎間板ヘルニア。ヘルニアが背骨の内側を通る神経を圧迫したり、炎症を起こしたりして、腰痛、下肢(足)のしびれやマヒなどの症状が現れます。
かつては、腰椎椎間板ヘルニアに対して、手術が行われることも少なくありませんでした。しかし今は、よほどの場合を除き、できる限り手術は行わないようになってきています。
近年、「椎間板ヘルニアの多くは数ヵ月程度で自然に縮小、消失する」と明らかになったからです。これは、免疫細胞の一種であるマクロファージ(貪食細胞)が、飛び出したヘルニアを食べてくれるためです。
ただ、ヘルニアの起こり方によって、マクロファージが働きやすいものと、そうでないものがあります。マクロファージが働きやすいのは、ヘルニアの飛び出し方が大きく、椎間板の後方を走る後縦靭帯を突き破っているもの。重症のように思えるヘルニアのほうが、実は治りやすいのです。
3ヵ月以内に小さくなる!
後縦靭帯を突き破った髄核の周囲には血管が新生し、その血管からマクロファージが髄核に集まり、飛び出した髄核を異物と認め、食べ始めます。
免疫細胞は通常、「自己」(自分自身の本来の細胞など)と「非自己」(体の外から入ってきた細菌やウイルスなどの異物)を区別し、非自己だけを攻撃します。もともと体内にあった髄核が「非自己」と見なされるのが不思議ですが、その理由はこう考えられています。
胎児のとき、背骨ができるより前に体を支えている「脊索」という組織があります。成長過程で退化し、背骨に置き換わっていきますが、実は、髄核はこの脊索のなごりです。つまり、髄核は免疫システムが完成する前から体内にあったのですが、その後は椎間板の中に収まっていたために、免疫細胞にとっては「知らない顔=非自己」と見なされる、というわけです。
こうしたマクロファージの働きによって、7〜9割の患者さんのヘルニアが、3〜6ヵ月以内に小さくなることが確認されています。仮にヘルニアが小さくならなくても、周辺の炎症が治まることによって、症状が改善する患者さんも多くいます。
ですから、症状が痛みだけなら、痛み止めや装具(コルセット)などの保存療法で「痛む時期」さえしのげば、腰椎椎間板ヘルニアは自然に治るといっていいのです。実際、約3ヵ月の保存療法で患者さんの9割は症状が改善します。
腰椎椎間板ヘルニアで手術を検討するのは、「3ヵ月ほど保存療法を行っても効果がない」「しびれやマヒなどの神経症状が進んでいる」「排尿障害がある」「患者さん自身が強く要望している(早急に症状を取りたい)」といった場合に限られるでしょう。
主に行われている手術は「後方椎間板摘出術」です。背中の皮膚を切開し、椎弓(椎骨の後方部)の一部を削って、神経を圧迫している髄核を摘出するものです。通常、前後1週間ほどの入院を要します。
手術で約9割の患者さんは痛みが改善しますが、すべての痛みが完全に取れるわけではありません。飛び出したヘルニアを摘出することはできても、ひびの入った椎間板を治すことはできないため、1割前後の率で再発が起こるといわれます。
手術のメリットとデメリットについて担当医とよく話し合って、納得した上で手術を受けることが大切です。
おそらく数年以内に、ヘルニアが薬で治せるようになると期待されています。現在、マクロファージの活性を高めてヘルニアの吸収を早くする薬や、ヘルニアそのものを分解する薬の開発研究が進んでいるからです。
椎間板ヘルニアがマクロファージによって改善した症例

「自然に治る」と大谷先生