改善のために行われる、従来の脊椎手術は体への負担が大きく、後遺症が生じることもあります。特に、周辺の筋肉を切開したり、脊椎からはがしたりすることによって、体を動かしにくくなったり、新たに痛みが生じたりするケースが、少なくないそうです。
そうした中、後遺症をほとんど残さない、新たな手術法が注目されています。開発者である、東京歯科大学教授の白石建先生にお話を伺いました。
解説者のプロフィール

白石健
東京歯科大学市川総合病院整形外科教授。1950年大分県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾病院、済生会宇都宮病院等を経て、2005年より現職。首の筋肉を切らずに治す、後遺症が残らない頸椎手術(白石法)を開発。顕微鏡を使用した脊椎の低侵襲手術は、海外でも注目されている。国内外での講演多数。手術の知識や技術を積極的に伝えている。2014年にベトナム・ホーチミン市から名誉市民賞授与。
別の問題を生じさせてしまうのでは胸を張れない
──脊椎手術は体への負担が大きく、危険性も高いというイメージがあります。どんな問題が生じやすいのですか?
白石 一口に脊椎手術といってもさまざまですが、手術の目的によって大別すると、主に次の3種類があります。
「除圧」脊椎の変形や変性、骨折、腫瘍などの問題で圧迫された、神経への圧力を取り除く手術
「固定」脊椎の弱くなった箇所や、骨を取り除いたことで不安定になった箇所を固定する手術
「矯正」外傷によって傷ついた脊椎を再建したり、側弯症などの脊椎の変形を矯正したりする手術
いずれにせよ、脊椎手術には、神経の損傷という危険が伴います。
脊椎の中には、脳から続く中枢神経である、脊髄が通っています。脊髄はとてもデリケートな組織で、少しつついただけでもマヒなどを引き起こしかねません。医師は細心の注意を払う必要があり、高い技術を要求されます。
また、手術は複雑で長時間に及ぶことも多いため、傷口からの細菌感染などの危険性も高くなります。全身麻酔に伴う合併症や、血栓症(血管内で血液の塊が生じて血流が止まってしまうこと)などの危険性もあります。こうした危険性については、どの医療機関でも必ず説明し、患者さんも了解の上で手術に臨まれるでしょう。
しかし、それとは別に、多くの医師が「やむをえないこと」と重要視しないのですが、患者さんの体に不都合をもたらす問題があります。手術で、脊椎周辺の筋肉を傷つけることによって生じる問題です。
脊椎は、脊髄を保護する容れ物であると同時に、姿勢を保持したり、体を動かしたりする運動器でもあります。これらの働きには周辺の筋肉が必要不可欠ですが、従来の手術では多かれ少なかれ筋肉を傷つけます。それによって手術後に姿勢が悪くなったり、新たな痛みを引き起こす原因となったりするのです。
神経の圧迫を取るなど手術の目的は達成されても、別の問題を生じさせてしまうのでは、胸を張って「病気を治した」とは言えないと思います。そこで私は、侵襲(体を傷つけること)を可能な限り減らす脊椎手術を開発してきました。
筋肉を骨からはがさずに温存する低侵襲手術「白石法」
──どんな手術なのですか?
白石 筋肉を温存する低侵襲手術で、白石法(白石式)と呼ばれることもあります。この手術方式は、さまざまな脊椎疾患に対応できますが、最も頻繁に行っているのは、首の脊柱管狭窄症(頸部脊柱管狭窄症)に対する手術です。
脊柱管狭窄症は、脊椎の中の空間(脊柱管)がなんらかの原因で狭くなり、そこを通っている脊髄や脊髄から枝分かれした末梢神経(神経根)を圧迫したり、傷つけたりすることによって起こる病気です。
首の脊柱管狭窄症で、手指の重度のしびれ、マヒ、歩行障害、排せつ障害など、脊髄が圧迫されて起こる脊髄症状が出ている場合は、早急に手術が検討されます。脊髄が受けた障害を放置すると、症状の回復が見込めなくなってしまうからです。
手術は、脊髄や神経根を圧迫している骨や椎間板、靱帯を取り除く除圧が目的です。いろいろな手術方法がありますが、従来の方法では、いずれも筋肉を傷つけてしまっていました。
首の正常な動きのためには、椎弓(脊椎を構成する椎骨の後部)や、その最後部の棘突起についている筋肉の働きが欠かせません。しかし従来の手術では、これらの重要な筋肉を骨からはがさないと、患部に到達できなかったのです。
しかし、私の手術は、これらの筋肉を骨からはがさずに行います。
もともと、椎弓や棘突起についている筋肉は左右に分かれていて、その間にすき間があります。皮膚を切開した後、このすき間に鉗子などの手術道具を差し込み、そっと広げれば、患部に到達することができるのです。
患部に到達できれば、病状に合った手術法を選択して、それを実施します。鉗子をはずせば、広げた筋肉のすき間は自然に元に戻ります。

アフターケアが湿布薬程度で済み早期退院や社会復帰が可能に
──筋肉を傷つけない手術にはどんなメリットがあるのですか?
白石 まず、傷口が小さいということです。筋肉のすき間を広げるだけなので、皮膚を数センチ切開するだけで済み、出血も非常に少量で済みます。
そして、術後の回復が早くなります。骨は筋肉からの血流によって、栄養を供給されています。筋肉をはがすとなると、血流が途絶え、回復に時間がかかります。
でも、筋肉を温存しておけば、血流が維持されて、栄養が十分に供給されるので、術後の回復が早いのです。弱くなった患部を固定するために、骨を移植する場合も、骨の接合が早くなります。
また、従来の手術では、術後に首や項背部(首の後ろ)に痛みを発生することが、少なからずありました。
患部そのものが痛んだり、筋肉をはがした部位は元のように働くことができないので、残ったほかの筋肉に余計な負担がかかり、後になって痛みを引き起こす原因になったりもします。
頸椎の手術後に起こる痛みを取るために、薬物療法や理学療法(温熱療法、運動療法、けん引など)が必要になる患者さんの割合は、従来の手術法では約20%ほどです。
しかし、私の低侵襲手術で、そうしたアフターケアが必要になる人は全体の2~3%にとどまり、それも湿布薬程度で済むことがほとんどです。痛みが少ないので、安静にしている期間も短くて済みます。ほとんどの患者さんは、自然と翌日に自分で立ち、トイレに行ったりされます。
特に高齢者では、動かずにいると急速に体の衰えが進み、寝たきりや認知症につながる恐れがあり、手術後なるべく早く起き上がって、リハビリをすることが推奨されます。しかし、痛みを抱えてのリハビリはご本人には苦痛です。その点、低侵襲手術であれば、無理なく早期退院や社会復帰が可能になるのです。
もう一つ重要なのが、頸椎の自然なカーブを保つことができる点です。頸椎は少し前にカーブ(前弯)しているのが、正常な状態です。このカーブがあることで、重い頭を支える首の筋肉にかかる負担が軽減されています。
ところが近年、姿勢の悪さなどが原因で本来のカーブが損なわれ、頸椎がまっすぐになったり、逆に後弯になったりしている人が増えています。こうした状態は筋肉の負担が増え、首や肩のこり、頭痛などが起こりやすくなります。
このように、もともと頸椎の前弯が損なわれている人が、首の後ろの筋肉を切る手術を受けると、術後にさらに後弯が進みます。それによって脊髄が圧迫される可能性もあります。

上の左の写真は、筋肉を切開する従来の手術を行った結果、術後に頸椎が大きく後弯してしまった例です。患者さんは首の姿勢を維持できず、頭が前に倒れ込んでしまいます。首を動かすにも不自由が生じます。
こうした症例には、金属で固定して前弯を作る手術が行われますが、侵襲が非常に大きな手術になる上、固定用の金属が高価なので、経済的負担も大きなものになります。
ですが、筋肉を温存した手術では、こうした頸椎のカーブの変化がほとんどなくなり、頸椎の形状を問わずに、安心して手術が行えるようになりました。
上の右の写真は、頸部脊柱管狭窄症を筋肉を温存する手術で治療した例です。術後8年が経過しても、頸椎の前弯が保たれています。もちろん、脊髄の圧迫も取れていますから、脊柱管狭窄症の症状も治まっています。
──筋肉を温存する低侵襲手術は、脊椎のほかの病気にも可能なのですか?
白石 頸部脊柱管狭窄症のほかにも、頸部椎間板ヘルニア、頸椎症、腰部椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎変性すべり症、脊椎靱帯骨化症、脊椎脊髄腫瘍など多くの脊椎疾患に対応可能です。
低侵襲手術の基本的な考え方は、筋肉を傷つけないよう、筋肉と筋肉のすき間から、脊椎にアプローチできるルートと方法を見つけることです。そのために手術の手順は複雑になり、医師には平均以上の高度な技術を要求されます。
それが低侵襲手術の欠点といえば欠点なのですが、それによって、患者さんに与えられるメリットは非常に大きいと考えられます。
手術の根底にあるのは 人間への畏敬の念
先日、ベトナムで首の脊髄腫瘍を持つ、43歳の男性患者さんの手術をしました。手術は7時間ほどかかりましたが、患者さんは翌日から起き上がり、2日目からは院内を歩き回っていました。手術と術後の経過がよほど劇的だったのか、テレビ局が取材に来たほどでした。
また、10歳の日本人のA君は野球少年ですが、あるとき急にボールをしっかりと持てないようになり、さらに歩行時に片脚を引きずるようになりました。脊髄に腫瘍ができ、神経を圧迫してマヒを引き起こしていたのです。
通常は腫瘍を安全に切除するために、筋肉をはがして神経と腫瘍の組織の周りを大きく開きます。ただ、筋肉へのダメージが大きいことに加えて、万が一再発した場合、二度目に行う手術は一度目の手術よりも、さらに侵襲が大きくなります。
私の手術法は、筋肉をつけたまま骨を切って、腫瘍を取り除いた後、また骨を元に戻します。詳しい手順は専門的になるので割愛しますが、通常は腫瘍を取るために大きく切ってしまうところを、まず別の部位から骨を切ってパカッと開いてやり、筋肉を傷つけないルートから腫瘍を摘出し、骨を元に戻す。パズルのような複雑な手順になるのですが、元どおりに骨と筋肉が収まるので、大きな変化が起こらずに済みます。
A君は無事に脊髄腫瘍を摘出できて、切った骨は数週間で元どおりにくっつきました。頸椎のカーブも正常に保たれ、今は元気に走り回っています。

私は、患者さんによりよい治療を提供するために、医師は「人間に対する畏敬の念」を忘れてはいけないと思います。
「病気が治ればいいだろう」ではなくて、人間という存在に対して畏敬の念を持って、必要以上に組織にダメージを与えずに目的を達成できるよう、考え、工夫する。この気持ちこそが、低侵襲手術の根底にあるべきです。