解説者のプロフィール
絶えず小刻みに動く関節は関節症にならない
変形性股関節症とは、足の付け根にある大きな関節である「股関節」の関節軟骨がすり減り、痛みを起こす病気です。
レントゲン写真で診断をつけ、進行の程度がわかる病気ですが、これまで、保存療法(手術に頼らない治療)で関節症が改善したことを、レントゲン写真で示したものは、世界的に見てもありません。
ところが当院で、「貧乏ゆすり」を積極的に患者さんに実践してもらったところ、すり減った軟骨が再生した症例が続々と現れたのです。
証拠のレントゲン写真を示しながら、この新療法をご紹介します。
長い間、整形外科医の間では「すり減った軟骨は再生しない」と考えられていたので、「貧乏ゆすり」を初めて学会に発表したときは、結果を疑う否定的な意見も多くありました。
貧乏ゆすりを始めたきっかけは、術後の成績向上を促すためでした。
当院は、「キアリ骨盤骨切り術」という、関節温存手術を、かなり進行した変形性股関節症の患者さんに積極的に行っています。しかし術後、関節のすき間(太ももの骨の先端の丸い部分=大腿骨頭と、股関節の骨盤側のくぼみ=臼蓋の間)がうまく開かないケースがあります。
関節のすき間が開くというのは「軟骨が形成された」ということを意味します。そうした患者さんに、貧乏ゆすりを勧めることを思いつきました。
ヒントになったのは、カナダの整形外科医・ソルター博士が考案したCPMです。
博士は、呼吸をするために24時間動いている肋骨と胸椎(背骨の胸の部分)、肋骨と胸骨(胸の前方にある縦長の骨)の間には関節症がないという事実に気付いて、動物実験を行います。
その結果、関節に負担をかけない「小刻みな摩擦運動」は、軟骨の再生を促すことを証明しました。そして、股関節を持続的に動かす医療機器・CPMを開発したのです。
80代でも軟骨が再生した!
CPMは高価で大きな器械ですので、家庭に備え付けて使用するものではありませんし、長時間、患者さんが使用するのは現実的ではありません。
代わりに、同様の効果が得られる摩擦運動はないかと考えて思いついたのが、貧乏ゆすりでした。
貧乏ゆすりの成果は予想以上でした。
77歳の女性・Kさんは、ご本人も人工関節を入れる手術を希望されましたが、呼吸器に障害があり、麻酔科でリスクが高いと言われ、手術を受けることを断念されました(写真1)。
そこで、貧乏ゆすりを勧めたところ、痛みはまもなく消失。7ヵ月後からは、再生した軟骨がレントゲンでも確認できるようになり、3年後の80歳のときには、関節のすき間も十分にできていました(写真2)。
診察には元気に杖もつかずに歩いて来られ、本人いわく「貧乏ゆすりがクセになりました」とのこと。
また、60歳の女性・Yさんは進行期の変形性股関節症(写真3)で、人工関節置換術の適応でしたが、ご本人がどうしても手術を避けたいとのことで、杖をつきながら生活し、貧乏ゆすりを開始しました。
すると、年々改善が見られ、4年後には十分な軟骨が再生したのです(写真4)。

貧乏ゆすりは、どれくらいの時間やったら軟骨は再生するのか?
まだまだ研究段階ですが、現在までの結果から考えると、「クセになるまで」が一つの目標になっています。
当院では、貧乏ゆすりが苦手な人のために、足を乗せるだけで自動的に貧乏ゆすりを行う器械を導入しています。
まだ症例は多くないのですが、この器械を使い、かつ車イスや松葉杖を使用して、股関節に負担をかけなかった場合、1日2時間行うと、数ヵ月で関節のすき間の開大がレントゲン写真で確認できます。痛みだけなら、それよりも早く、消失しています。
ただし、貧乏ゆすりで改善が見込めないと思われる患者さんもいます。それは、臼蓋形成不全の程度が高い人です。軟骨を作る土台がないのです。
その場合は、人工関節置換術を避けようとすれば、まず、手術で臼蓋形成不全を改善させてから、貧乏ゆすりを指導しています。
貧乏ゆすりは、以前に自骨手術をし、再び悪化してきた人にも有効です。また、臼蓋形成不全の程度が軽い人なら、関節症への進行が食い止められます。ぜひお試しください。
貧乏ゆすりのやり方


井上明生
柳川リハビリテーション病院名誉院長。変形性股関節症治療の権威。1961年大阪大学医学部卒業、1966年同大学院修了。ロンドン大学留学を経て、大阪大学整形外科准教授、久留米大学整形外科教授を歴任。2000年4月より、柳川リハビリテーション学院学院長、2001年4月より柳川リハビリテーション病院院長に就任。2011年4月より現職。変形性股関節症に対する「貧乏ゆすり(ジグリング)」の効果の研究と啓蒙に努めている。