解説者のプロフィール

伊藤公一(いとう・こういち)
●伊藤病院
東京都渋谷区神宮前4-3-6
03-3402-7411
http://www.ito-hospital.jp/
伊藤病院院長。
北里大学医学部卒業。3代続く甲状腺疾患の専門病院・伊藤病院の院長。甲状腺疾患における内科と外科、双方に精通し、100名近い専門医を指揮している。東京(渋谷区)の本院のほか、重症のバセドウ病や甲状腺がんの治療には欠かせないアイソトープ(放射線の内照射療法)設備を備えた名古屋甲状腺診療所、2017年には札幌にさっぽろ甲状腺診療所も開院し、診療に当たる。アフターフォローにも心を砕いており、治しっ放しにはせず、がん治療においては、一般的な5年生存率ではなく、25年生存率を見ている。
分泌量が多くても少なくても病気になる
むくみを起こす病気といえば、最初に疑う必要があるのが、心臓、腎臓、肝臓などの病気です。そしてもう一つ、ぜひ知っておいていただきたいのが「甲状腺」の病気です。
甲状腺は、首ののど仏の下に、チョウチョが羽を広げたような形で存在している12gくらいの臓器です。
ホルモンを分泌する臓器を内分泌器官と呼び、腎臓の上の副腎や脳の下垂体などがありますが、甲状腺もその一つです。
甲状腺は小さな臓器ですが、内分泌器官の中では最大です。
甲状腺からは、甲状腺ホルモンが分泌されています。このホルモンは、一言でいうと「元気の源」です。
例えば、脳や神経系の働きを高める、心拍数を上昇させる、骨や筋肉を強くするなど、体のさまざまな機能を活性化させるホルモンです。つまり、甲状腺ホルモンがないと、私たちは生きていけません。
甲状腺ホルモンは、多すぎても少なすぎても調子が悪くなります。多すぎる病気の代表がバセドウ病で、少なすぎる病気の代表が「橋本病」です。
橋本病では、症状の一つとして「むくみ」が起こることが多いのです。顔のむくみも起こりますが、特にひどくなりやすいのが足です。むくみによる体重増加もよくみられます。
40代の20人に1人は橋本病!
橋本病では、ほかに、元気がなくなる、寒がりになる、皮膚がカサカサする、物忘れが激しくなる、気分が抑うつ気味になる、便秘、血中コレステロール増加などの症状がみられます。
これらを見ておわかりのように、加齢や疲れなどで起こりうる症状ばかりです。
ですから、「年のせいだろう」「疲れのせいだろう」と思いこんで、治療の機会を逃している患者さんが多いのです。
また、心臓の病気や精神科の病気、更年期障害など婦人科系の病気だと思いこんで、治療の遠回りをする患者さんも少なくありません。
橋本病は、男性より圧倒的に女性に多く、男性の20倍程度みられます。特に、40歳以降の女性では、患者さんの割合が20人に1人に及びます。60歳、70歳になって橋本病が見つかることもよくあります。
むくみをはじめ、前述のような症状があって改善しにくい場合、橋本病を疑ってみることが大切です。
橋本病は、このように発見しにくい部分があるのですが、専門医療施設で診察を受ければ、現在は検査法が発達しているので、当日のうちに診断が下されます。
わずかな量の採血をするだけで、甲状腺ホルモンの量と、甲状腺に指令を出している脳の下垂体のホルモン量がわかるのです。
さらに、橋本病やバセドウ病は、自分の免疫が体内の組織を攻撃して起こる自己免疫疾患の一種ですが、そうした免疫の異常を示す数値も、この血液検査で同時にわかります。

「悪夢から覚めたように元気になった」
橋本病だとわかっても、すぐ専門治療が必要になる人はむしろ少なく、生活改善で軽快する人もみられます。
甲状腺ホルモンの材料としては、ミネラルの一種であるヨウ素(ヨード)が重要です。
橋本病の生活改善のポイントは、そのヨウ素を多く含むコンブを食べすぎたり、サプリメントでとりすぎたりしないということです。
なぜなら、橋本病の人がヨウ素を過剰摂取すると、体の反応として、甲状腺ホルモンが作られにくくなるからです(健康な人がコンブを多くとっても甲状腺の病気になることはありません)。
それでも改善しない場合は、適量の甲状腺ホルモン薬を投与する治療を行います。甲状腺疾患の専門医療機関なら、微妙な調整をしながら、その人に最適な量の甲状腺ホルモン薬を投与しますので、快適な体の状態が取り戻せます。
この治療を受けると、患者さんは「悪夢から覚めたように元気になれた」と喜ばれます。以後は、半年に一度、検査と薬の投与を受けることになります。
40〜50歳以降に血中コレステロール値が高くなり、何をしてもよくならなかった女性が、実は橋本病で、治療でたちまち改善できたというケースもみられます。
むくみとともに、前述の症状があるときは、「年のせい」などと思いこまずに、一度は検査を受けてみましょう。
甲状腺専門のクリニックや病院、総合病院の内分泌科で甲状腺の専門医がいるところを受診するとよいでしょう。