解説者のプロフィール

田島文博(たじま・ふみひろ)
和歌山県立医科大学リハビリテーション医学講座教授。同大学附属病院リハビリテーション科医師。文部科学省認定共同利用・共同研究拠点みらい医療推進センター・センター長。医学博士。日本リハビリテーション医学会専門医・指導責任者。障害者スポーツ医。1984年、産業医科大学医学部卒業。高負荷長時間リハビリテーション治療で数多くの重症患者を動ける体に改善させる、日本屈指の指導者として、精力的に教育・診療・研究に当たっている。
安静は麻薬、運動は万能薬
和歌山県立医科大学附属病院のリハビリテーション科では、専門医と熟練した療法士が、日々、患者さんの治療に当たっています。
今回のテーマである脊柱管狭窄症と運動についてお話しする前に、当院のリハビリテーション治療について触れさせてください。
当院では、リハビリテーション科の医師が全身を診察したうえで、徹底的に運動負荷をかける方針により、これまでに多くの患者さんを治療してきました。整形外科疾患や脳卒中の後遺症はもちろんのこと、内臓疾患、ガンなどの手術前後、ヤケドや全身性外傷、ICU(集中治療室)に運ばれた重篤な急性期疾患まで、あらゆる病気の患者さんがリハビリテーション治療の対象になります。
手術を受ける患者さんは、手術が決まったその日から術前のリハビリテーション治療が始まり、術後も翌日から施行します。すると、予後が非常によく、術後の合併症がほとんど起こらないのです。
運動療法は質も大事ですが、量はもっと大事です。患者さんが悲鳴を上げるぐらいの量を行うと、最大の成果が出ます。
私たちは、血管を支配する交感神経における、立つ動作がもたらす活動について、微小電極で測定しました。すると、立つ動作だけでその活動量が、なんと2.5倍に増えたのです。
床に伏せっていると、瞬く間に立てなくなり、寝たきりになります。安静は楽で気持ちがいい反面、確実に心身の機能が奪われ、血液循環量と筋肉量は確実に減ってしまうのです。
つまり、どんな人にとっても、運動こそが万能薬であり、安静臥床は、いわば麻薬のようなものといえます。
基本、運動にリスクはありませんが、全くゼロでもありません。弁膜症、血小板減少症、膵炎、化膿性脊椎炎や急性期の炎症性疾患の方の運動は、危険が伴うことがあります。ですから、必ず医師が全身を診察、検査、診断をしたうえで、熟練した療法士によるリハビリテーション治療が必須です。
背中とお尻の筋肉強化で痛みとしびれを撃退!
このように私たちは、障害のある患者さんに高負荷の運動をしてもらい、成果を上げてきました。しかし、脊柱管狭窄症の患者さんには、必ずしもそれは当てはまりません。
もちろん、運動が有益で、安静が有害であることは同じですが、脊柱管狭窄症の場合、痛みを伴うほど過度に行うと、逆に症状を悪化させてしまうことがあるのです。
脊柱管狭窄症は、脊柱管の中を通っている神経が圧迫され、腰や足に痛みやしびれが出る病気です。その原因の一つに、背骨を支えている背中やお尻の筋肉の衰えがあります。
背中には、背骨(脊椎)に沿うように脊柱起立筋という筋肉があり、その奥に多裂筋があります(下図参照)。多裂筋は、バラバラな状態の背骨をつなげて一体化している筋肉です。十分な筋力があってギュッと縮まれば、背骨の結びつきが強くなり、体幹は安定します。
■体を支える背中とお尻の筋肉

ところが、筋力が弱まると、骨の上下のつながりも緩んで、背骨が脊柱管を押すことになります。すると、脊柱管が狭くなって内圧が高まるうえ、血流障害も加わるため、痛みやしびれが出てしまうのです。
しかし、背筋だけでは体を支えられません。体を下から支えているのが、お尻の筋肉です。ですから、ふだんから多裂筋を中心とした背筋と、中殿筋と大殿筋(上図参照)を中心としたお尻の筋肉を鍛えておくことが重要です。
ふだんから腕を動かすと背中の筋肉が鍛えられる
そこで、私がお勧めしたい体操が、「水平のポーズ」と「でんでん体操」です(やり方は下記参照)。
水平のポーズは、四つんばいになり、片方の腕と反対側の足を同時に、床と平行に上げる体操です。
私たちの研究では、この体操をすると、特に多裂筋が鍛えられることがわかりました。筋肉の状態を筋電図で見ると、多裂筋から放電があり、多裂筋が使われていることが確認できます。
人間は、意識して多裂筋だけを動かすことはできません。腕を振ったり上げ下げしたりするときに、意識せずに動かしています。ですから、水平のポーズに加えて、ふだんから少しでも腕を動かすように心がけるといいでしょう。
お尻の筋肉を強化する効果的な体操が、寝ながら足を上げる動作です。中殿筋と大殿筋を鍛える運動のため、私は「でんでん体操」と名づけています。
片足を上下する動作を、横向きとうつぶせで行います。足首に2㎏の重りをつけてできるようになれば理想的です。
水平のポーズとでんでん体操は、起床時や就寝前に、布団の上で行うと安全です。どちらの体操も、最初は、できる範囲内の秒数や回数でかまいません。
ちなみに、長時間のウォーキングは、脊柱管狭窄症のかたには積極的にお勧めできません。歩いているときに、無意識に腰が反りぎみになり、症状が悪化するおそれがあるからです。
私たちが脊柱管の内圧を測ると、内圧は立ち上がっただけで上がり、腰を反らすとさらに上がりました。一方、前かがみになると内圧は下がりました。
この点から、腰の曲がったかたが、シルバーカーなどにつかまって前かがみの姿勢で歩くのは、脊柱管の内圧からいうと合理的です。また、脊柱管狭窄症のかたは、日常動作においても、腰をなるべく反らさないようにすると、症状が出にくくなるでしょう。
脊柱管狭窄症にお悩みのかたは、ぜひ、ご紹介した二つの体操を積極的に行ってください。
「水平のポーズ」と「でんでん体操」のやり方
※いずれの体操も、最初は、できる範囲内の秒数や回数でOK。
※起床時や就寝前に布団の上で行うと安全。
※筋肉痛になっても問題ないが、その他の痛みが続く場合は医師に相談すること。
水平のポーズ

❶なるべく背中を反らせないよう四つんばいになる。
❷右手を前に上げて、床と平行に伸ばす。同時に、左足も後ろに上げ、平行に伸ばす。
❸この姿勢を5~30秒、できれば1分間キープする。反対側も行う。これを左右5~10回ずつ行う。
でんでん体操(ⒶとⒷを両方行う)

❶体の左側を下にして、横になる。下の足は曲げてよい。
❷右足を伸ばしたまま上げて、ゆっくり下ろす。
❸これを30回くり返し、反対側の足も同様に行う。
※上げにくい場合は、両足の間に枕やクッションを挟むとよい。

❶体が反らないように、おなかの下に枕やクッションを置いた状態でうつぶせになる。
❷片足をゆっくり上げて下ろす。ひざは伸ばしても曲げてもよい。
❸これを30回くり返し、反対側の足も同様に行う。