解説者のプロフィール

重松英樹(しげまつ・ひでき)
奈良県立医科大学整形外科学内講師。
1975年生まれ。2000年、奈良県立医科大学を卒業し、同大学整形外科へ入局。11年より脊柱側弯治療で有名な香港大学整形外科へ1年間留学し、12年より現職。日本整形外科専門医、認定脊椎脊髄外科指導医。ロコモ、脊髄モニタリング、脊柱側弯症、転移性脊椎腫瘍の臨床研究などを行う。
短い距離を歩く速度は一般高齢者と大差ない
超高齢化社会に突入し、よく使われるようになった言葉に、「ロコモティブシンドローム(運動器症候群。以下、ロコモ)」があります。
これは骨、筋肉、関節、神経などの運動器に障害が起こり、歩いたり体を動かしたりする機能が低下して、要支援・要介護になるリスクが高い状態をいいます。
このロコモを引き起こす病気の一つに、腰部脊柱管狭窄症があります。これは、脊髄(脳と体の各部を結ぶ神経組織)が通っている脊柱管が狭くなって、神経が圧迫される病気です。そのため、下肢(下半身)にしびれや痛みが出て、長く立ったり歩いたりできなくなるのが特徴です。
脊柱管狭窄症はロコモと関係の深い病気ですが、これまで、「ロコモチェック」を使って、脊柱管狭窄症患者と一般高齢者の評価を比較した研究はありませんでした。
ロコモチェックは、一般の人がロコモかどうか判断するためのチェックリストです。主に下半身の筋力やバランス、全身的な体力の程度を確認します。全部で7項目あり、このうち一つでも該当していたら、ロコモの可能性があるのです。
そこで私たちは、当院で脊柱管狭窄症の手術を受ける前の65歳以上の患者20名と、健康イベントに参加した65歳以上の一般高齢者30名に、ロコモチェックを行ってもらい、比較・検討しました。

結果、「該当する」と答えた項目数は、一般高齢者が1.4項目だったのに対し、脊柱管狭窄症患者は4.2項目でした。狭窄症患者のほうが、明らかに該当数が多く、運動機能が低下していることがわかります。
また、7項目中5項目は、脊柱管狭窄症患者の該当数が有意に多かったものの、有意差のない項目も二つありました。「②家の中でつまずいたり滑ったりする」と、「⑦横断歩道を青信号で渡りきれない」です。
②は主に下半身のバランス、⑦は歩く速度を評価するものです。特に⑦は差が少なく、短い距離を歩く速度なら、脊柱管狭窄症患者も一般高齢者とあまり変わらないことがわかります。
ロコモチェックは、ロコモ度を測るものではありません。しかし、該当数はロコモの重症度を反映しており、多くなるほど要介護のリスクが高くなると推測されます。
その観点から判断すると、脊柱管狭窄症患者は一般高齢者よりロコモ度が高く、要介護になりやすいといえます。
今回は、術前でチェックをしましたが、術後どう変わるか、大いに関心のあるところです。すでに一部の患者さんの術前・術後のデータを集めていますが、術後はロコモチェックの該当数が減る傾向にあります。
手術を受けた患者さんの運動機能回復にも役立つ
脊柱管狭窄症は、下半身に痛みやしびれが出るだけでなく、ADL(日常生活の活動度)が低下する病気です。したがってふだんから、ADLが低下しないよう、下半身をトレーニングすることが必要です。
私たちは外来で、脊柱管狭窄症の患者さんに次のようなロコモーショントレーニング(以下、ロコトレ)を勧めています。
❶片足立ち
片足立ちは、主にバランス能力や下半身の筋力をつける運動です。姿勢をまっすぐにして立ち、片足を5~10㎝上げた状態で、1分間保ちます。反対の足も、同様に行います。
❷スクワット
スクワットは、下半身の筋力を効率よく鍛える運動です。肩幅より少し広めに足を広げて立ちます。ゆっくり腰を落としたら、ゆっくりひざを伸ばします。これを、5回くり返します。高齢者は、ひざを曲げる角度は45度くらいでかまいません。
転倒しないように、いずれも最初は壁やイスの背などにつかまって行ってください。安定して立てるようになったら、支えなしで行いましょう。
どちらも、1日3セットくらいが目安です。くれぐれも無理のない程度から始め、少しずつ回数を増やします。
脊柱管狭窄症の手術を受けた患者さんは、このロコトレを行うと、運動機能の回復に役立ち、日常生活により早く復帰できるようになります。
ロコモは、何もしないでいると確実に進行します。その進行を抑えるために、そして、少しでも脊柱管狭窄症の症状を和らげるためにも、ぜひロコトレを始めてください。
「ロコトレ」のやり方
❶片足立ち

転倒が心配な場合、壁やイスの背などにつかまって行う。
❶姿勢をまっすぐにして立つ。
❷片足を5~10㎝ほど上げた状態で、1分間保つ。
❸反対の足も同様に行う。
②~③を1セットとし、1日に3セット行う。
❷スクワット

転倒が心配な場合、壁やイスの背などにつかまって行う。
❶肩幅より少し広めに足を広げて立ち、つま先を少し外に開く。両手は前方へ胸の高さに上げる。
❷お尻を後ろに引き、ゆっくり腰を落とす。このとき、ひざがつま先と同じ方向を向き、つま先より前に出ないようにする。
❸②の状態からゆっくりひざを伸ばす。
②~③を5回行うのを1セットとし、1日3セット行う。
※ひざを曲げる角度は、45~90度のできる範囲でよい。
※スクワットができない人は、イスに座って、机に手をついて立ち座りの動作をくり返すとよい。