解説者のプロフィール

藤田順之(ふじた・のぶゆき)
●慶應義塾大学病院整形外科
東京都新宿区信濃町35
03-3353-1211(代表)
http://www.hosp.keio.ac.jp/annai/shinryo/orthope/
慶應義塾大学医学部整形外科教室専任講師、慶應義塾大学病院整形外科医師。医学博士。
日本整形外科学会認定整形外科専門医。日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医。日本脊椎脊髄病学会脊椎脊髄外科指導医。2000年、慶應義塾大学医学部卒業。トーマスジェファーソン大学留学などを経て、現職。専門は脊椎脊髄一般、脊柱変形、腰椎変性疾患。
脂肪が脊柱管を圧迫し炎症も誘発する!
脊柱管狭窄症とは、神経の通り道である脊柱管が狭くなり、腰から足にかけて痛みやしびれが生じる病気です。
脊柱管狭窄症は、座っていると神経の圧迫が和らぎ、痛みが出ないことが一般的です。ところが、なかには、座っていても痛みがある、歩くのがままならないほど痛む、という患者さんがいます。
このように、痛みが強く出る原因の一つに、「硬膜外脂肪腫症」という病気がかかわっていることが、近年明らかになりました。
硬膜外脂肪腫症という病名は、聞き慣れないかたも多いかと思います。まず、この病気について説明しましょう。
硬膜とは、脊柱管の中を通っている脊髄(脳と体の各部を結ぶ神経)を覆う、比較的かたい膜です。その外には硬膜外腔というすきまがあり、この中に、硬膜外脂肪層と呼ばれる薄い脂肪層があります(下図参照)。
脂肪が過度に増えて脂肪層が厚くなると、脊柱管を通る神経がさらに圧迫され、腰や両足の痛みやしびれが、さらに悪化してしまいます。これが、硬膜外脂肪腫症です。主に、中高年の男性に多く見られます。
■硬膜外の余分な脂肪が神経を刺激する

通常の脊柱管狭窄症に、このような硬膜外脂肪腫症を伴う「合併タイプ」は、脊柱管狭窄症の患者さんのなかでも、少数です。しかし、痛みに悩むかたを診るにつけ、私はこの合併タイプについて詳しく調べる必要性を感じ、5年前から研究を行っています。
通常の脊柱管狭窄症と合併タイプの違いを探るために、次の研究を行いました。
対象としたのは、硬膜外脂肪腫症を合併した患者さん16名と、硬膜外脂肪腫症を合併していない患者さん15名です。どちらのグループも、年齢層と性別は同じです。
この二つのグループの硬膜外脂肪組織を手術時に採取し、脂肪細胞の面積と、分泌するサイトカイン(細胞間で情報伝達をする物質)の量を比較しました。
すると、硬膜外脂肪腫症を合併しているグループは、合併していない群に比べて、脂肪細胞が肥大し、脂肪細胞の面積が有意に広くなっていました。
また、サイトカインの比較では、硬膜外脂肪腫症を合併しているグループは、炎症を誘発するサイトカインの量が、顕著に増えていたのです。
このことから、硬膜外脂肪腫症を合併した脊柱管狭窄症の場合、脂肪層の肥大化による神経の圧迫に加え、炎症を起こす悪玉物質も増えるため、痛みが続いたり、強くなったりすると考えられます。
体重の減量で症状が改善した報告は多数!
硬膜外に過剰にたまって悪さをしている脂肪は、昨今注目されている「異所性脂肪」の一つとしてとらえられます。
異所性脂肪とは、筋肉や膵臓、肝臓、心臓など、本来脂肪がたまるはずのない場所(異所)にたまる脂肪です。皮下脂肪、内臓脂肪とは異なる「第3の脂肪」とも呼ばれています。臓器の働きを低下させ、糖尿病や動脈硬化など、さまざまな病気にかかわる可能性があるのです。
異所性脂肪がたまるしくみはまだ明らかになっていませんが、生活習慣病やメタボリックシンドローム(メタボ)のかたに多くたまる傾向があります。
研究で確認された、硬膜外脂肪腫症の患者さんの「脂肪細胞の肥大」と「炎症性物質の増加」は、まさに生活習慣病やメタボのかたに見られる現象です。ですから、硬膜外脂肪腫症は、これらの病気と密接な関係があるといえるのです。
硬膜外脂肪腫症は、MRI(核磁気共鳴画像装置)で診断がつきます。治療は、大きく分けて、脂肪を取り除く手術と、体重を減らして脂肪の蓄積を抑える保存療法があります。
手術をするにしても、痛みを軽くするためには、大本の原因である脂肪を減らすことが、非常に重要です。体重を減らしてメタボを改善することが、硬膜外脂肪腫症のいちばん安全、かつ効果的な方法でしょう。実際、硬膜外脂肪腫症に対して減量が有効であったことは、多数報告されています。
脊柱管狭窄症による痛みを軽減させるためにも、硬膜外脂肪腫症を合併しているか、病院で検査をされるといいでしょう。