解説者のプロフィール

稲波弘彦(いななみ・ひろひこ)
●稲波脊椎・関節病院
東京都品川区東品川3-17-5
03-3450-1773
http://www.iwai.com/inanami-sekitsui/
●岩井整形外科内科病院
東京都江戸川区南小岩8-17-2
03-5694-6211
http://www.iwai.com/iwai-seikei/
稲波脊椎・関節病院院長。岩井整形外科内科病院理事長。
1979年、東京大学医学部卒業、東大整形外科学教室入局。都立墨東病院や三井記念病院、虎の門病院等への出向を経て、1990年、岩井整形外科内科病院院長就任。2015年、稲波脊椎・関節病院院長就任。日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医、日本脊椎脊髄病学会指導医、日本整形外科学会認定脊椎内視鏡下手術技術認定医など。
医師の診断と自覚症状が合致しているか見極めて
「腰部脊柱管狭窄症」とは、神経が通っている脊柱管という管が、老化やふだんの姿勢などによって狭くなることで、神経が圧迫されたり、血流が悪くなったりして起こる病気です。
脊柱管狭窄症になると、顕著に見られるのが「間欠跛行」です。これは、しばらく立っていたり歩いていたりすると、お尻から足にかけて、痛みやしびれが生じるものです。腰かけたりして休息すれば、緩和して歩けるようになりますが、再び症状が出るというパターンをくり返します。
脊柱管狭窄症は、圧迫される神経により、❶馬尾型、❷神経根型、❸混合型の3種類に分けることができます(下図参照)。
馬尾型は、脊柱管の中心部に狭窄が起こり、その中を通っている馬尾神経全体が圧迫されるものです。痛みやしびれが両足に出るほか、場合によっては会陰にも影響が及ぶこともあります。
神経根型は、馬尾神経から分岐した神経根が圧迫されることで起こるものです。多くの場合、片方の足に、しびれや痛みが出ます。
そして、混合型は、馬尾型と神経根型の両方の症状が見られるケースです。

❶馬尾型
脊髄の末端の馬尾という神経の束が、両側から圧迫されるケース

❷馬尾型
左右に枝分かれした神経の根っこの部分のうち、左右どちらかが圧迫されているケース

❸馬尾型
馬尾型と神経根型が両方出たケース
いずれの型にせよ、脊柱管狭窄症の診断を受けたとしても、まずは落ち着いて治療法についてじっくりと考えましょう。MRI(核磁気共鳴画像装置)などの画像診断をもとに出された医師の診断と、ご自身の自覚症状が合致しているかどうか、よく見極めるべきです。
というのも、整形外科領域の疾患では、画像診断だけで病気を判断することは、誤診の危険性があるからです。一方、内科的疾患の場合、画像診断で病因が確認されれば、それが病原であることはまず間違いありません。
整形外科においては、例えば、画像診断でヘルニアが見つかったとしても、全く痛みが出ない症例がある一方、ヘルニアは大きな問題でないのに、激痛が起こる症例もあるのです。
これは、脊柱管狭窄症においても同じです。このため、画像診断で狭窄が起こっている場所が判明したら、その狭窄部位と実際に痛みやしびれなどの症状が合致しているかどうか、よく検討してもらったうえで、治療法を決める必要があります。特に神経根型の場合、診断で見落としが起こりがちです。
狭窄部位を医師が見逃すことがある!
そもそも狭義では、脊柱管とはその中心の管のみを指します。しかし、狭窄症に伴う諸症状に対応するに当たっては、「馬尾神経から分岐した神経が脊柱の外へ出ていく椎間孔や、その外側の椎間孔外」も含めて考えるべきです(下図参照)。
■背骨の構造

というのも、椎間孔や椎間孔外で起こっている狭窄によって圧迫と血行障害が起こり、痛みやしびれに悩まされる患者さんがいるからです。狭窄症の患者さんのうち、椎間孔や椎間孔外の狭窄によって症状の出ているケースは、10%を超えると想定されます。
しかし、医師の技量が不足しているような場合には、この狭窄部位を見逃してしまうことがあります。
例えば、皆さんの担当医が、「狭窄は大したことはありませんよ」といっているのに、足にひどいしびれや痛みが続いているのであれば要注意です。医師が何かを見落としていることを疑う必要があります。
こうした見落としがあると、何回も手術をしても改善には至りません。くり返しになりますが、「画像診断とご自身の自覚症状が合致しているかどうかをきちんと見極めること」をぜひお勧めします。
少しずつ悪くなっても手遅れになることはない
脊柱管狭窄症の治療は、保存療法と手術の2本立てです。脊柱管狭窄症は慢性疾患であり、少しずつ悪くなっていくこともあります。原則的には、急いで手術する必要はないのです。
なかには、「このままほうっておくと、車イスの生活になりますよ」などと、手術を強要する医師がいるのも事実です。もし、医師がむやみに手術を勧めるようであれば、必ず「セカンドオピニオン」を取るようにしてください。脊柱管狭窄症の場合、知らない間に症状が悪化して、手遅れになることはまずありません。
心臓や消化器のような内臓と違って、整形外科的な疾患は、患者さんご自身が病気の重さを相当程度理解できるものです。ですから、「あまりにもひどくて、手術を受けないとどうしようもない」と感じてから受診したとしても、決して、慌てることはありません。
手術すべきかどうかを決めるのは、医師ではなく患者さんご自身です。手術によるリスクと、手術によって得られる改善とを天秤にかけ、冷静に判断することが重要です。
手術を受ける前に、まずは、投薬治療やブロック注射などの保存療法と並行して、日ごろのセルフケアに努めましょう。具体的な方法については、下記でご紹介します。
セルフケアを続けながら経過を見た結果、症状が自然に緩和するケースもあります。特に、症状が体の片側に出ている場合は比較的治りやすいので、根気よくセルフケアを続けてみましょう。
ところで、脊柱管狭窄症以外に、間欠跛行のような症状の出る疾患として「閉塞性動脈硬化症」があります。
間欠跛行の症状が出たとき、脊柱管狭窄症の人は、自然に腰を曲げる姿勢を取ります。
一方、閉塞性動脈硬化症の人はその場で立ち止まるだけ、という違いがあります。足の甲やくるぶしに脈を感じられるポイントがありますが、閉塞性動脈硬化症が起こると、その脈が感じ取れなくなります。
また、足の冷感もしばしば閉塞性動脈硬化症の証拠のようにいわれますが、実は、脊柱管狭窄症でも冷感が起こるので、鑑別ポイントにはなりません。
この二つの病気は治療法に違いがあるので、しっかりと判別することが重要です。
自転車を使うのは有効!ネコ背も症状が楽になる
脊柱管狭窄症であるという診断が確定したら、症状がそれ以上悪化しないように、日常生活においてさまざまな配慮が必要です。ここでは、特に日常生活の注意点やセルフケアについてお話ししましょう。
脊柱管狭窄症の特徴的な症状として挙げられるのが、間欠跛行です。しばらく歩くうちに、お尻から足にかけてしびれや痛み、ふくらはぎの張り、脱力などの症状が強くなり、足が前に出なくなります。
間欠跛行は、しばらく休むと症状が治まって再び歩けるようになりますが、歩いているうちに、また同じ症状が出る。これをくり返すというものです。また、しばらく立っているだけで、同じような症状が出る人もいます。
立ったり歩いたりしていると、背すじは自然と伸びて背骨が反るようになります。これによって、脊柱管において狭窄している部位が、より狭まります。すると、神経が圧迫されて血行障害が起こり、痛みやしびれが出てくるというわけです。
こうした状態を避けるためには、立ったり歩いたりする際に、なるべく背を反らさない、つまり、おなかを引っ込めて、背中を丸めた姿勢を取ることが重要です。
それによって、神経の圧迫や血行障害を起こりにくくして、症状を緩和させることができます。脊柱管狭窄症の場合、移動手段として、自転車が勧められるのも同じ理由からです。自転車に乗ると、自然に背を丸める姿勢になるため、それが症状を出にくくします。間欠跛行があるかたは、移動に自転車を使うことも有効でしょう。
脊柱管狭窄症の患者さんは、たいてい、自分が楽だと感じられる姿勢、つまり症状が出にくい姿勢を自然に取るものです。日ごろから、自分が楽だと感じる姿勢を取ることは大いにけっこうです。
例えば、ご夫婦で歩いているとき、脊柱管狭窄症に悩むご主人がネコ背になっているとしても、奥様はそれを受け流しましょう。「もっと姿勢をよくしたら?」などとしかってはいけません。それは、症状を緩和させるための、やむをえない工夫なのです。
寝る際にも注意が必要です。もし、やわらか過ぎるベッドであおむけになったとき、下肢にしびれや痛みが出ている人は、横向きになって背を丸めて寝ることをお勧めします。この体勢で眠ると、脊柱管の圧迫が少なくなり、安眠できるようになるはずです。

寝るときはおなかを引っ込めて背中を丸める
痛みを軽くする「ひざ抱え」のやり方
次に、脊柱管狭窄症のかたにお勧めしたいエクササイズを紹介します。やり方は、次のとおりです。
❶あおむけになってリラックスし、両手でひざを抱えます。


❷息を吐きながら、両ひざを胸に近づけ、その状態を保ちながらゆっくりと五つ数えます。

※①と②を10回くり返し、1セットとします。
※起床時、午前10時ごろ、昼食前、午後3時ごろ、夕食前、就寝前を目安に1日6セットを目標に行いましょう。
※万が一、痛みが悪化したら直ちに中止してください。
このエクササイズによって、狭まっていた脊柱の狭窄部分の圧迫を緩めると同時に、血行の改善を図る効果が期待できます。痛みが悪化しない範囲内で、エクササイズを続けましょう。
安静が症状の悪化を招くことも!根気よくセルフケアを
腰部椎間板ヘルニア(背骨と背骨の間にある椎間板がつぶれて起こる病気)の場合などは、自然寛解(しだいに軽快すること)することがよくあります。脊柱管狭窄症の場合も、ヘルニアほど顕著ではないものの、同じことがいえます。特に、症状が体の片側に出ている場合は比較的軽快しやすいので、がんばってセルフケアを続け、経過を見守りましょう。
一般的に、整形外科の疾患では、「安静」は大敵であることが判明しています。
痛いからといって、それ以上に痛まないよう安静を保っていると、かえって症状が悪化することがあるのです。安静にすることによって、体重が増えたり、痛みを抑えている脳の働きが悪くなったりすることも知られています。こうしたことも、症状の悪化を招くのです。
ですから、脊柱管狭窄症の場合も、動ける範囲でできるだけ体を動かすよう心がけましょう。運動することは、体全体の健康にも不可欠です。もし歩けるようであれば、ウォーキングをしてもかまいません。
とはいえ、無理な運動は禁物。痛みがあるのに我慢して長時間歩くと、痛めている神経にダメージを加えてしまうおそれがあります。
最後に、漢方薬についてお話ししましょう。脊柱管狭窄症については、「牛車腎気丸」が有効になる場合があります。
漢方薬の場合、体質によって、効果がはっきりと分かれます。牛車腎気丸の場合、「体力にあまり自信がない」「疲れやすい」「下肢にむくみや冷えがある」などというかたには、ある程度効果があると考えられます。ただし、私の印象では、胃の弱い人にはあまり効果がありません。
3週間ほど服用し、それほど効果的ではないと感じたら、合っていないと判断すべきです。いずれにしても、医師とよく相談して服用してください。 脊柱管狭窄症は、典型的な慢性疾患です。セルフケアを根気よく続けたうえで、焦らず気長に「病気とつきあっていく」心がけも大切です。