解説者のプロフィール

工藤極(くどう・きわむ)
元宮内庁大膳課厨房第二係。
1951年、東京都生まれ。学習院高等科卒業後、フレンチレストラン「代官山 小川軒」で修業。天皇の料理番・秋山徳蔵氏の言葉に影響を受け、1974年より宮内庁大膳課厨房第二係に奉職。以後、洋食担当として昭和天皇・皇后両陛下の日常の食事はもちろん、園遊会、宮中晩餐会の調理を受け持つ。退官後、多くのレストランの総支配人、シェフなどを経て、現在は東京・江古田の「ビストロ サンジャック」のオーナーシェフを務める。近著に『陛下、お味はいかがでしょう。』(徳間書店)がある。
旬の食材を丸ごと使い切る
2019年5月、新天皇が即位されましたが、かつて私は「昭和天皇の料理番」を務めていました。1974年から宮内庁大膳課厨房第二係に奉職し、昭和天皇・皇后両陛下のお食事づくりに従事していたのです。
大膳課に勤める前、私は老舗フレンチレストランの「代官山 小川軒」で修業していました。そこで、後にドラマ『天皇の料理番』のモデルになった宮内庁大膳課のコック長・秋山徳蔵さんが高齢のために引退されるという記事を読みました。
記事には、「天子さまに万一失礼があっては申し訳ない」という言葉が書かれていました。秋山さんの真摯な姿勢に感動した私は「天皇の料理番になりたい」と願ったのです。
その2年後、念願叶って大膳課で奉仕することになりました。大膳課の厨房は、フットサルコートのような広さです。天井は高く、天窓からは陽光が差し込んでくるという環境には驚きました。

【大膳課の厨房】
大膳課の厨房はフットサルコートほどの広さ。イラストはすべて工藤さんが描いたもの
大膳課の料理には三原則がありました。それは「焦がすな」「捨てるな」「腐らすな」です。
食材をまるごと使い切るために、料理の準備段階から工夫します。野菜の皮や葉はスープの具にし、鳥の骨もダシに使うなど、いっさいを無駄にしないのが、天皇家での調理の基本であり、伝統でした。
私が奉職したとき、昭和天皇はすでに70歳を超えるご高齢でした。そのため、厨房の告知板には以下のような文章が貼り出されていました。
●1日1800kcalで化学調味料はいっさい使用しない
●糖分は砂糖を使わず、果物で摂取
●ご昼食はデザートをお出ししない
砂糖を使わないのは、特に血糖値を気にされていたのかもしれません。
昭和天皇は在位60年を迎えられた85歳のとき、長寿の秘訣を尋ねられた際に、「医者の意見を尊重し、腹八分目の食生活に努めて、適当な運動をなし、規則正しい生活を努めています」と答えられました。
80代になってもお元気で公務をなされていたのは、食事の力とこの考え方が大きかったのだと思います。

【吹上御所の厨房】
大膳課の厨房で作られた料理は車で吹上御所の厨房へ。再度過熱し、形を整え、おかもちに入れて40メートル離れた供進所(配膳室)に運ばれる
「非常においしかった」と伝言され大感激!
私は洋食担当でした。意外に思われるかもしれませんが、天皇家では1日2食は洋食です。ご朝食は必ず洋食、昼と夜は和食と洋食が交互にくるというスタイルでした。
次項から実際に天皇陛下にお出ししていた大膳課のレシピをご紹介しますが、陛下はご高齢にもかかわらず、ハンバーグもカレーもお好きでした。特にカレーは2週間に1度はお出ししていたほどです。
「洋食は高カロリーで体に悪い」と思う人もいるかもしれませんが、天皇家の洋食の食材は、日本で取れる旬のものばかり。その土地で取れる食材は、その土地に住む人の体質に合ったものです。洋食も日本人に合った洋食が作れるのです。
大膳課には「御料牧場」から、有機野菜や、そこで飼育されている牛、鶏などの肉、バター、牛乳、生クリームなどが週2回送られてきました。食材がおいしいのでこってりしたソースを使う必要がなく、低カロリーに仕上げることができます。

【陛下のある日の朝食】
天皇陛下のご朝食は365日洋食。トースト、オートミールもしくはコーンフレークス、サラダと温野菜。飲み物はコーヒー、紅茶など
陛下は出されたものは残さず食べられ、料理の感想などを述べることはありません。しかし、ただ一度だけ、私が作った「鮎の千切りポテト衣焼き」にお褒めの言葉をいただいたことがあります(レシピは次項)。
陛下の食事が終わられる頃、私は北白川祥子女官長(※)に声をかけられました。
「陛下からお言づけがございます。本日のご昼食で召し上がられた鮎のお料理が非常においしかったと、じかに当番に伝えるようにと、陛下がおっしゃっていました」
思いがけぬ言葉に、私は感激して涙が止まりませんでした。「これで辞めてもいい」と思ったほどです。
日本の旬の物をいただき、食材を無駄にしない天皇家のレシピを、皆さんの健康に役立ててください。
※ 北白川祥子女官長(1916〜2015)昭和天皇の側近だった徳川義寛元侍従長の妹で、常陸宮華子妃殿下の叔母。1969年から32年間、昭和天皇と香淳皇后の女官長を務めた。
鯛の千切りポテト衣焼き
■アンチエイジング効果があり疲れも取る

エネルギー:403kcal(1人前)
【材料】(2人分)
鯛(3枚におろしたもの)…1匹
ジャガイモ(メークイン)…4個
塩コショウ…少々、サラダ油…15cc
バター…20g、大葉…4枚
【作り方】
❶鯛はまな板に並べて塩コショウをする
❷皮をむいたメークインを千切りスライサーで千切りにして、ボウルに移し、塩コショウする
❸①と②を合わせてラップをかぶせ、冷暗所にしばらく置いてなじませる
❹フライパンにまずサラダ油を入れ、次にバターを入れて、③に大葉を加えて焼く。回すようにして焼き色をつけていく
❺コツは千切りメークインを両面むらなく焼くこと。焼きあがったら、表面の余分な油分をクッキングペーパーで拭き取る

千切りのメークインを両面むらなく焼く

「陛下のお言葉に号泣するほど感激した一品」
昭和天皇から「非常においしかった」と異例のお褒めの言葉をいただいた一品です。毎年5〜6月になると、各地から大膳課へ鮎が献上されます。私が奉職して2年目のとき、この鮎を使った料理を任されました。知恵に知恵を絞って作ったのが、鮎に千切りポテトを合わせたメニューです。陛下が召し上がったことがない仕立てだったこともあったのでしょう。お褒めの言葉をいただいたときは涙があふれて止まりませんでした。鮎以外にも、その季節に合わせた白身魚で簡単に応用できます。今回は鯛を使用しました。

大膳のハンバーグ
■たんぱく質豊富な牛肉で貧血も防ぐ

エネルギー:406kcal(1人前)
【材料】(2人分)
タマネギ…2/5個、卵…1個、
牛乳…40㏄、パン粉…20g
牛ひき肉…200g、塩コショウ…少々
ナツメグ…1個、サラダ油…10㏄
赤ワイン…15㏄
【作り方】
❶タマネギを炒めて冷まし、卵、牛乳、パン粉を合わせる
❷牛ひき肉に塩コショウし、ナツメグを加え、①を入れたボウルの中でよく混ぜ合わせ、80gほどの大きさに整える
❸フライパンにサラダ油を引いて、ハンバーグを入れ、キツネ色に色づけして裏返す
❹裏返したら、赤ワインを注いでフタをして蒸し焼き。竹串を刺して、澄んだ肉汁が出れば完成

牛ひき肉を使用しているので、焼き加減はお好みで

「牛で作る小さめハンバーグはご高齢のかたでも食べられる」
子どもも大人も大好きなメニューといえばハンバーグ。これは天皇陛下も例外ではありません。大膳でも牛、羊、鶏を使って、ハンバーグをお出ししていました。特に、牛ひき肉の場合、ローストすると、火が通っても中の肉汁が飛ばないので、中はきれいな赤色でジューシーなのが特徴です。通常のハンバーグは100〜120g程度ですが、ご高齢の陛下にお出しするハンバーグは80ℊと小さめでした。羊や鶏で作る場合でも、作り方は基本的に同じです。

大膳のカレーライスと大膳秘伝カレーの薬味イカ粉
■脳機能を活性化させるスパイスで作る

エネルギー:491kcal(1人前・ご飯150g含む)
※ラッキョウ6個(42kal)、福神漬け15g(20kcal)は1人前のカロリーに含まず
【材料】(カレー・20食分)
タマネギ…10個、小麦粉…50g、カレー粉…100g
マサラ…10g、ターメリック…10g
チキンブイヨン…10L、豚の背脂…100g
塩コショウ…少々
Ⓐニンジン…1本、リンゴ…2個、ニンニク…2片、
ショウガ…1個、バターピーナッツ…120g、
ローリエ…4枚、ケチャップ…1カップ、
サラダ油…15㏄、バター…40g、水…5カップ
【作り方】(カレー)
❶タマネギは半分に割り、薄いスライスにする
❷①を底の広い鍋で気長にキャラメル色になるまで炒める
❸タマネギがキャラメル色になったら、小麦粉を入れる
❹小麦粉の粉くささがなくなったら、カレー粉、マサラ、ターメリックを加えて炒めて、寸胴鍋に移して火にかける
❺Ⓐの材料すべてをミキサーにかけたものを寸胴鍋に入れ、丸2日かけて青くささを取り、味のまるみを出せば完成
【材料】(イカ粉)
剣先スルメ…4枚
【作り方】(イカ粉)
❶剣先スルメのゲソ、背骨、中骨を取り除く
❷①をオーブントースターに入れて両面を焼き、細く千切る
❸当たり鉢に入れて、すりこぎでひたすらすりおろす
❹ストレーナー(茶こしでも可)でふるいにかけたら完成

丸2日間かけて煮込み、青くささを取る

「カレーにはイカ粉を添えるのが大膳流」
カレーライスは、以前私が勤めていた「代官山 小川軒」と同じ作り方です。天皇陛下はカレーも大好きで、2週間に一度くらいは、肉の種類を牛、羊、鶏と替えて、カレーライスをお出ししていました。薬味として「花ラッキョウ」「福神漬け」、そして「イカ粉」を添えるのが大膳流。なかでもイカ粉は、大膳課に代々伝わる秘伝の一品で、日本の洋食ならではのフレーバーです。天皇陛下はイカ粉がお好きでカレーには必ず添えられました。家庭では、パスタや焼きそばなどにも合うと思います。
大膳のコンソメ
■体を温め血液サラサラにする

エネルギー:284kcal(1人前・150㏄)
【材料】(4〜5人分)
[1日目]
丸鶏…1羽、タマネギ…4個
ニンジン…2本、セロリ…2本
長ネギ…1本、ローリエ…2枚
粒コショウ…少々
[2日目]
牛すね肉…500g、卵白…2個分
ローリエ…2枚、タマネギスライス…適宜
粒コショウ…少々
【作り方】
[1日目]
❶1日目の材料を鍋に入れ、ヒタヒタになるくらい鍋に水を入れて、8時間火にかける
❷①をサラシでこして、1日目は終了
[2日目]
❸②に2日目の材料を混ぜ合わせたものを加えて煮る。ステパラで8の字を描くように混ぜながら煮る。アクが出るまでは強火で、色の変化を見ながら中火、弱火に
❹べっこう色になるまで煮詰めたら、2枚重ねにしたサラシでこして、塩で味を調える

「店の格はコンソメスープを飲めばわかる」
店の格はコンソメスープを飲めばわかると言われるほど、どんな材料を使い、どれくらい時間をかけて作っているかで味に差が出ます。大膳では2日間かけて、澄んだ飴色のスープを完成させます。私の今の店でも唯一お出ししている大膳流のメニューです。
バナナの生ベーコン巻き
■整腸作用のあるバナナの意外な食べ方

エネルギー:379kcal(1人前)
【材料】(2人分)
バナナ…2本(皮をむく)
生ベーコン…4枚(2ミリのスライス)
片栗粉…10g(ふるっておく)
サラダ油…15g、バター…20g
【作り方】
❶バナナは1本を半分に切る
❷生ベーコン4枚はまな板の上でラップで挟み、肉叩きで叩いてバナナの幅まで伸ばす
❸ベーコンの上にバナナをのせ、片栗粉を振って、手前から奥へしっかり巻く
❹フライパンにサラダ油15㏄を入れ、温まったら③を入れ、ゆらし回しながら色づける
❺クッキングペーパーで油を取り、皿に盛って出来上がり

「大膳課の料理人四天王の1人が直伝してくれたメニュー」
大膳課の料理人たちは、それぞれオリジナルの”隠し玉”を持っています。このメニューは当時、大膳課の四天王と言われた先輩料理人の1人から教えてもらった一品です。塩漬けした生ベーコンを使いますが、脂っぽさがなく、中のバナナがふわふわでやみつきになるのです。

立食用ロールサンド
■手軽にバランスよく栄養が取れる

エネルギー:328kcal(1人前)
【材料】(4〜5人分)
サンドイッチ用スライスパン…18枚
からしバター…からし小さじ1+バター50g
ウインナー…6本、ポテトサラダ…15g
スモークサーモン…2枚
パセリ…少々、オリーブ…少々
【作り方】
❶パンを並べ、からしバターを塗る
❷ラップの上にパンをのせ、ウインナー、ポテトサラダ、スモークサーモンをのせて、手前から固めに巻いていく
❸巻いたパンの横に千切ったパセリ、薄くカットしたオリーブ、ウインナーを入れて目印に
❹ラップの両端をハサミで切って盛る

バター50gにからし小さじ1を混ぜ合わせたからしバターをスライスパンに塗る

「長時間にわたる立食パーティでも味が落ちない軽食メニュー」
宮中で、来賓のかたがたを招いて行う立食パーティやお茶会は、長時間に及びます。そこで活躍するのがこのメニュー。ラップに包んだロールサンドはサンドイッチの乾燥を防ぎ、手を汚さずに食べることができます。中の具材を小さく切ったものを上にのせておき、具材が何かわかるよう、目印にするのもポイント。ご家庭でも活躍しやすい宮中メニューではないでしょうか。お子さんのお弁当としてもお勧めの一品です。
