解説者のプロフィール

井上明生(いのうえ・あきお)
●柳川リハビリテーション病院
福岡県柳川市上宮永町113-2
0944-72-0001
http://yanagawa.kouhoukai.or.jp/
柳川リハビリテーション病院名誉院長。
1961年大阪大学医学部卒業。大阪大学整形外科准教授、久留米大学整形外科教授を歴任し、2001年より柳川リハビリテーション病院院長に就任、2011年より現職。変形性股関節症治療の権威。患者一人一人の声に耳を傾け、希望に沿った治療法を模索しているうちに、貧乏ゆすりに着眼し、保存療法で軟骨を再生させるという画期的な治療法を開拓。著書『「びんぼうゆすり」で変形性股関節症は治る!』(エイチアンドアイ)、『変形性股関節症は自分の骨で治そう!』(メディカ出版)が好評発売中。
手術を回避したいなら貧乏ゆすりをしなさい
変形性股関節症とは、股関節の関節軟骨がすり減って、痛みや炎症、可動制限を引き起こす病気です。
長い間、整形外科医の間では「すり減った軟骨は再生しない」と考えられていました。
それが、十数年前から私たちが始めた「貧乏ゆすり」で、軟骨が再生した症例が続々と現れたのです。
そのお話をする前に、変形性股関節症の診断と治療について、簡単にご説明しましょう。
変形性股関節症は、日本人の場合、多くは中高年の女性で、寛骨臼という骨盤のくぼみの形に問題がある「寛骨臼形成不全」が原因で発症します。
診断はレントゲン写真で行い、進行の度合いによって病期を、ごく初期、初期、進行期、末期の四つに分けます。
■変形性股関節症の病期
ごく初期(前股関節症期)
股関節の形に異常があって、歩行時に股関節の痛みを覚えるが、レントゲン写真では軟骨のすり減りはほとんど確認できない。
初期
関節軟骨がすり減り、股関節のすき間がやや狭くなっているのがレントゲン写真で確認できる。
進行期
関節軟骨のすり減りが進み、関節のすき間がさらに狭くなる。寛骨臼や大腿骨頭に、骨棘(トゲ状の骨)や骨囊胞(骨の空洞)が見られるようになり、痛みや動きの制限が強くなる。
末期
関節軟骨がほぼ失われ、骨同士がぶつかるようになる。安静にしても痛みが出ることがあり、歩いたり立ったりしにくくなって、生活に支障が出る。
治療法は、大きく分けて、
①保存療法
杖の使用、運動療法など
②関節温存手術
自骨手術ともいう。寛骨臼回転骨切り術、キアリ骨盤骨切り術、大腿骨骨切り術など
③人工関節に置き換える手術
の三つがあります。
進行の度合いがごく初期や初期の場合は①または②を、進行期や末期には②や③の治療法を検討するのが一般的です。
②の関節温存手術は、うまくいくと一生持ちますが、リハビリなどが必要なため、入院期間が長くなります。
③の人工関節は、使い方によって差がありますが、20~30年という耐久性の問題で、手術時の年齢によっては再手術が必要となります。
そのため以前は、人工関節に換える手術は、高齢の患者さんが主な対象でした。
ところが近年、多くの病院が進行・末期例に対して②の手術をやらなくなったことから、人工関節の手術を40~50代の若い患者さんにも行うケースが増えてきました。
しかし、中には「どうしても人工関節だけは避けたい」という患者さんがいらっしゃいます。
そういった患者さんに私たちがお勧めするのが、貧乏ゆすりなのです。
絶えず動き続ける関節は関節症にならない
貧乏ゆすりのヒントになったのは、カナダの整形外科医・ソルター博士が考案した、CPMという医療機器でした。
ソルター博士は、呼吸のために24時間休むことなく動き続ける肋椎関節と胸肋関節(胸郭を構成する関節)には、生涯、関節症が起こらないことに着眼しました。
そして、関節の可動域を広げるCPMを使って、ウサギのひざの関節軟骨が再生することを証明したのです。
つまり、たゆまずに小刻みに動かすことが、軟骨の再生には必要不可欠だということを証明したのです。
私たちは、それを股関節にも応用できないかと考えました。
ただ、CPMは高価で大きな機械ですので、家庭で使えるものではなく、長時間、患者さんが使用するのは現実的ではありません。
代わりに、同様の効果が得られる摩擦運動はないかと模索して、思いついたのが貧乏ゆすりです(基本的なやり方は下記参照)。
レントゲン写真で確認!80代でも軟骨が再生した
その結果は、私の予想をはるかに超えるものでした。
55歳の女性Aさんは、両側とも変形性股関節症の末期で、ほかの病院で、両側とも人工関節手術と言われ、当院に来院されました。
そこで、右側にキアリ骨盤骨切り術を行い、その間に反対側の足で貧乏ゆすりをしてもらいました。
すると、11ヵ月後には股関節にすき間ができ、2年3ヵ月後には軟骨が再生し、左側は手術が不要となったのです。
また、77歳の女性Kさんは、呼吸器に障害があり、麻酔科でリスクが高いと言われ、人工関節の手術を断念しました。
そこで、貧乏ゆすりを勧めたところ、痛みは数週間ほどで消失し、数年後には、軟骨の再生がレントゲンで確認できました。
診察には杖なしで歩いて来られ、「貧乏ゆすりが癖になりました」とおっしゃっていました。
貧乏ゆすりは、専門医の私たちの想像をはるかに超えた改善をもたらす療法です。しかし一方で、有効性にかなりの差があるのも事実です。
そこで次章では、効果を出すための心得について解説いたします。
ほかに選択肢のない人が治療成績がよい
変形性股関節症に対する「貧乏ゆすり」は、次の三つの目的のために行っています。
①関節温存(自骨)手術の成績を向上させるため
②昔、温存手術をしたけれど、また悪くなってきたので、それを再び元へ戻すため
③どうしても手術を回避したい、もしくは手術ができないという人の症状改善のため
なかでも糖尿病、循環器や呼吸器の異常、免疫不全などがあって、人工関節の手術が危険だと言われたケースは、成績がよいようです。
なぜこういった人たちの治療成績がよいのでしょうか。
それは、ほかに治療の手段がないので一生懸命やるからだと、私たちは考えています。
一般的に、日本の医療に対しては、「治してもらう」「お薬をもらう」「手術を受けて治してもらう」といった感覚のかたが多いと思います。
ところが、貧乏ゆすりは「自分で治す」治療法です。
つまり、自分で治すぞという強固な意志と、あきらめずにコツコツと続ける地道な努力が不可欠なのです。その点が、従来の考えの治療とは大きく異なるといえます。
前項でご紹介した症例や、別記事の体験談のかたがたは、私たちが治したわけではありません。ご本人が努力された結果であり、私たちは言ってみれば、場所を提供しただけなのです。
機械に足を載せるだけでは軟骨は再生しない
ここ数年で、貧乏ゆすりの効果は、テレビや雑誌のおかげでまたたく間に広まりました。
その間には、足を載せるだけで自動的に貧乏ゆすりをしてくれる機械(健康ゆすり器、足ゆらマシン)も開発されました。
1日にどれぐらいすればいいかについてですが、この治療の出発点は、一日中、小刻みに動き続けている胸郭を構成する肋骨両端の関節には、関節症は発生しないという事実に基づいています。ですから、胸郭の動きと同様、1日、23000回を勧めています。
1日23000回の貧乏ゆすりは、自力で行うと約4時間かかります。それが、機械を使うと、1時間50分でクリアできるという画期的なものです。
しかし、です。機械に足を載せたら軟骨が再生して、股関節症が治ると思ったら大間違いです。貧乏ゆすりを行いながら、日常生活にも細心の注意を払って過ごす必要があるのです。
できるだけ動き回らず、荷物は運ばず、歩行時は杖をつき、外では車を多用しと、股関節を使う機会を減らさなければ、軟骨の再生は難しいのです。
しかも、それを数年かけて行う覚悟が必要です。股関節が悪くなるまでに5~10年かかっているのですから、数ヵ月の貧乏ゆすりで簡単に治るようなものではないと思ってください。
このように聞くと、治癒までには大変な道のりだし、やる気がそがれてしまうかたもいるかもしれません。
ですが、貧乏ゆすりは変形性股関節症の治癒を保存療法で証明した、世界で初めての治療法です。
痛みが取れた、歩けるようになったなどのセルフケアはいろいろあります。しかしながら、関節症はレントゲン写真で診断をつける病気です。当然ながら、病気が治ったこともレントゲン写真で診断しますが、軟骨の再生を証明した保存療法は、貧乏ゆすりだけです。
2年はかかると思って取りかかるとよい
くり返しになりますが、軟骨を再生させるには、貧乏ゆすりを行うとともに、せっかく再生した軟骨の萌芽をつぶさないように、股関節に負担をかけない生活を送ることが重要です。
そういう意味では、実は70代以上の患者さんのほうが、めざましい効果を期待しやすい療法といえます。
なぜなら、40~50代の患者さんは、仕事や育児、介護に忙しく、家事も担っているため、行動が活発にならざるを得ず、杖をつくように指導しても、なかなかそれを守ることが難しいからです。
また、寛骨臼形成不全が軽度であることも、大切な条件です。
貧乏ゆすりでいくら股関節に軟骨ができても、その面積が狭ければ、体を支えきれず、痛みは取れません。
痛みが軽減したり、消失したりするのは、多くの患者さんで2~3ヵ月、人によっては数週間で実感しています。しかし、軟骨が再生するのに要する時間は、最短で1ヵ月という例もありますが、だいたいは2年が目安です。
ぜひとも、「癖になる」ほど貧乏ゆすりを実践なさってください。まとめてやるより、朝昼晩とこまめに分けて行うほうが、効果は上がります。
貧乏ゆすりは、当初は術後の補助療法的な存在だったのが、今では、手術ができない人、どうしても手術がいやだという人の第一選択肢にもなっています。まさに開拓しつつある治療法だといえるでしょう。ぜひ、お試しください。
貧乏ゆすりで軟骨を再生させるための心得
■貧乏ゆすりは朝昼晩とこまめに分けて毎日行う
■1日にどれくらいすればいいか。本記事に書いたように、1日23000回を勧めています
■股関節にかかる負担を減らす工夫をする
①体重を増やさない(できれば減らす)
②歩く距離を減らす・走らない
③外出時は杖をつく
④筋トレや水泳、水中歩行はお休み
⑤重い荷物は持たない
軟骨が再生する「貧乏ゆすり」のやり方

❶足の裏がきちんと床につく高さのイスに座る。ひざは開いても、軽くつけても、どちらでもよい。

❷片方の足のつま先を床につけたまま、かかとを小刻みに上下させる。かかとは2cm程度上がっていればよい。できるだけ多く行う。

足の位置
床につける足の位置は、ひざの角度が90度か、それ以下になるようにする。

足を前に出しすぎると、股関節に力が入るのでダメ。

慣れてきたら、両足で同時に貧乏ゆすりを行ってもOK。