再生治療は、文字どおり「失われた組織を再生させる」治療です。未来の医療として期待されていますが、まだ実用化は遠い道のりとされています。
しかし実は、歯科の分野は、その例外なのです。歯周病で溶けた骨(歯槽骨)や組織を再生させる治療がすでに行われています。近年は保険適用の新薬も登場し、再生治療が身近になってきています。
歯周病の再生治療とはどんなもので、どのくらいの効果が期待できるのか。
これまでに多くの治療を実施し、日本歯周病学会の「再生治療のガイドライン」策定にも携わった、誠敬会クリニック銀座院長の吉野敏明先生に、詳しいお話をうかがいました。
取材・文/山本太郎(医療ジャーナリスト)
解説者のプロフィール

吉野敏明(よしの・としあき)
●誠敬会クリニック銀座
東京都中央区銀座6-7-16 岩月ビル地下一階
03-6264-6901
http://www.seikeikai-ginza.tokyo/
誠敬会クリニック銀座院長。
1993年、岡山大学歯学部卒業。歯学博士。日本歯周病学会指導医・専門医。歯周病原細菌検査を用いた歯周治療の、日本における第一人者。日本歯周病学会の「再生治療のガイドライン」策定にも携わる。医科(内科)と歯科が連携し、東洋医学と西洋医学を包括した治療を実践。『健康でいたいなら10秒間口を開けなさい』(PHP新書)など著書多数。テレビでの解説も多い。
口内だけでなく全身に影響を及ぼす歯周病
──まず、歯周病はどのような病気で、進行するとどんなリスクが生じるのかを教えてください。
吉野 歯周病は、基本的には細菌の感染によって引き起こされる病気ですが、歯周病の進展には、細菌以外にもさまざまな要因がかかわっています。例えば、食いしばりや歯ぎしりの癖があると、歯根膜にダメージを与え、歯周病が進みやすくなってしまいます。
ほかにも、喫煙の習慣、糖尿病や骨粗鬆症(骨がもろくなる病気)などの全身疾患、薬(降圧剤など)の長期服用による副作用などが、歯周病を悪化させる因子となります。
歯周病の原因菌に感染し、菌が増殖すると、歯や、歯と歯肉の境目に、細菌の塊である歯垢(プラーク)がこびりつきます。歯垢の中の細菌は歯肉に炎症をひき起こし、歯と歯肉の間にすき間(歯周ポケット)が深くなっていきます。
すると細菌の増殖する空間が増えるので、ますます歯肉に炎症が起こり、歯を支えている、歯の根っこ(歯根)の周囲で、弾力性のある接着剤のような働きをしている歯根膜やセメント質、あごの骨(歯槽骨)まで溶かしていきます。

歯肉に炎症が起こり歯槽骨が溶けてしまう
歯は、畦に埋まった杭のようなものですから、土台の歯槽骨が溶けて浅くなれば、支えを失った歯はぐらつき、やがて抜けてしまいます。
また、歯が失われるだけでなく、歯周病が全身に多くの影響を与え、さまざまな病気の発症や悪化にかかわることが明らかになってきています
血管内に侵入した歯周病菌や、細菌が産生した物質が動脈硬化を進行させて、心筋梗塞や脳梗塞などの病気のリスクを高めることが知られています。誤嚥性肺炎や骨粗鬆症、早産・低体重児出産などのリスクも歯周病によって高まると報告されています。
歯周病が感染症であるならば、抗生物質などで除菌すればよいのではないかと考えられるかもしれませんが、ことはそう簡単ではありません。
歯周病菌はその細胞壁にLPSという毒素を持っていて、菌が死滅した後でも死骸が残っている間は骨を溶かし続けるからです。物理的に歯垢や歯石(歯垢が唾液中のミネラルと結合し、硬くなったもの)をはがして除去しない限り、歯周病の進行を抑えることはできません。
従来の一般的な歯周病治療では、歯や歯周ポケット内に付着した歯垢・歯石をそぎ落とし、できるだけ歯槽骨の破壊をゆるやかに抑えるのを治療目標としてきました。
そこから一歩進んで、進行を抑えるだけでなく、元の状態に回復させようとするのが、再生治療です。
20年以上も前から再生治療が実用化
──歯周病の再生治療とは、どんな治療なのですか?
吉野 歯周病によって喪失した骨や、歯と骨をつなぐ微小な付着器官を再生させる治療法です。
再生治療といえば、皆さんもお聞きになったことがあるでしょうが、「iPS細胞」や「ES細胞」といった多能性幹細胞(さまざまな組織や臓器の細胞に分化、増殖する能力を持つ細胞)から臓器や組織を再生する研究が注目を集めています。しかし、まだ実用化にはほど遠いというのが現状です。
その一方で、歯科の分野では、20年以上も前から再生治療が実用化されてきました。
これはなぜかといえば、口の中は「免疫寛容」といって、免疫による拒絶反応が起こりにくいためです。
免疫は、外から入ってきた異物を「非自己」(自分でないもの)と認識して、排除するしくみです。
例えば、心臓や肝臓、腎臓などの臓器移植では、移植された臓器も「非自己」と見なされ、免疫による拒絶反応が起こります。ですから、拒絶反応を防ぐため、免疫の働きを抑制する薬を飲み続ける必要があります。
しかし口には、食べ物や空気とともに外部からさまざまなものが入ってきます。その口の中で免疫が強く働き、「これはいらない、あれもいらない!」と反応していたのでは、必要な栄養や酸素もとり入れられません。
目や鼻も同様で、外部からいろいろなものが侵入してきても、ある程度は受け入れるように、免疫の働きが抑えられています。その分、外部からの刺激によってダメージを受けることも多くなりますから、組織の再生力がもともと高いのです。こうした特質があるため、口の中は組織の再生が比較的容易なのです。
歯周病の再生治療は、すでに1990年代から実用化されていました。いくつか種類がありますので、順に説明しましょう。
国産の新薬「リグロス」で保険適用の再生治療が可能
①GTR(歯周組織誘導法)
GTRは、歯肉を切開して、歯周ポケット内の歯垢や歯石を取り除いた上で、骨がなくなってしまった部分に人工の膜を設置する手術です。
歯槽骨や歯根膜などの歯周組織は、実は自然に再生する力を持っています。しかし歯周病があると、それらが再生するより前に、周りの歯肉が入り込んでしまい、本来歯周組織が再生されるスペースを埋めてしまいます。そこで、人工膜によって歯肉の侵入を防ぎながら、歯周組織が再生するスペースを確保するというわけです。
GTRの欠点は、非常に高度な技術が必要になることです。コンマ数㎜以下の精度で人工膜を患部にぴったりはり付ける必要があり、歯周病専門医でも、よほど外科手術に卓越した人でないと失敗してしまうほど難しいのです。
GTRは日本でもケースによって保険適用となりましたが、技術的な壁があるため、実施している歯科医はわずかしかいないのが実情でしょう。
②エムドゲイン
エムドゲインはブタの歯胚組織から作られたたんぱく質の一種が主成分で、歯のセメント質を誘導する作用があり、歯周組織の再生を促します。
歯肉を切開し、歯周ポケット内の歯垢や歯石を取り除くのはGTRと同様ですが、その後は、骨が失われた部分にエムドゲインを塗布するという治療なので、GTRと比べればはるかに簡単です。
エムドゲインは世界40ヵ国以上で使用されており、高い安全性が確認されています。日本でも厚生労働省の認可を受けていますが、健康保険の適用にはなっていないため、自由診療となります。
③その他の治療
米国で2005年に認可された比較的新しい治療で「GEM21S」という歯科材料もあります。
GEM21Sは米国では広く用いられており、歯周病の外科的治療の主流になっています。私もこれまで数百例以上の患者さんに用いてきました。しかし、残念ながら日本では未認可のため、医師の裁量で個人輸入で薬剤を入手し、自由診療という形でしか治療を行えません。
④リグロス(保険適用の新薬)
さらに最近、新たに登場した再生治療が、日本発の新薬「リグロス」です。骨や歯周組織が再生するために必要な細胞の増殖や、新しい血管を作る働きを促す世界初の医薬品です。
大阪大学大学院歯学研究科歯周病分子病態学の村上伸也教授らが開発した国産の薬剤で、ヒト由来の線維芽細胞増殖因子を主成分としています。
エムドゲインの主成分がブタ由来なのに対し、リグロスはヒト由来なので、未知の感染症などのリスクが低くなります(ただし、現在まで、エムドゲインで、未知の感染症が起こった症例の報告はありません)。
日本では、2016年11月に保険適用となり、12月から販売が開始されました。保険適用されたことによって、比較的安価で再生治療を行うことが可能になりました。
エムドゲインなど自由診療の場合、1本当たり5~10万円程度の費用がかかるのに対し、リグロスによる治療費は、歯1本当たり1万円弱(3割負担の場合。手術代を除く)です。
また、保険適応となったことで、周囲に自由診療の選択肢のなかった地方のかたなどにも、歯周病の再生治療がだいぶ身近になったのではないでしょうか。
ただし、これは他の治療についても同じことが言えるのですが、歯周病ならどんなケースでも治療が受けられるわけではありません。適応になるケースは限られます。

再生治療によって歯槽骨が回復した症例
(左)歯槽骨が溶けて、歯根の先端付近まで黒く写っている。(右)治療後、歯槽骨が再生している
(白く写っている部分)。
外科手術を伴うので歯周病専門医での受診がお勧め
──具体的な治療の流れや、リグロスが適応になるケースを教えてください。
吉野 治療は、他の再生治療と同様、まず歯肉を切開し、歯石や歯垢を取り除きます。その後、歯槽骨の欠損部にリグロスを塗布し、切開した歯肉を縫合します。だいたい1~2週間後に抜糸を行い、定期的にクリーニングをして清潔を保ち、歯周組織の再生を待ちます。
リグロスの効果は、臨床試験の成績から、治療後9ヵ月で歯槽骨が平均で約2㎜再生とされています。2㎜と聞くと、大したことがないように感じられるかもしれませんが、平均で骨欠損箇所の半分程度が修復されたことになります。
リグロスの適応となるのは、歯周ポケットの深さが4㎜以上で、骨欠損の深さが3㎜以上の「垂直性骨欠損」となっています。重要なのは、骨欠損(骨の溶けた形)がどうなっているかです。
リグロスは液状の薬剤なので、欠けた骨の周りに壁があり、薬がうまくたまるような骨欠損でないと、十分な効果を期待できません。
全体に歯槽骨が下がってしまった状態で治療を成功させるのは、保険範囲内で行うのはかなり困難です。
また、細胞増殖を促す薬なので、悪性腫瘍(がん)の恐れのある患者さんには使用できません。
なお、患者さんがリグロスによる再生治療を希望されても、すぐに治療開始とはなりません。
保険診療のガイドラインに従い、まずブラッシング指導や歯垢・歯石の除去、歯のかみ合わせ調整などの基本治療を行った上で、検査をして、本当に適応なのかどうかを確認することになります。その期間に最短でも3~4ヵ月かかるでしょう。

リグロスによる再生医療の流れ
──歯周病の再生治療を受けたい人はどうすればいいのでしょうか?
吉野 保険適用となったことで、リグロスによる再生治療を行っている歯科医も多いのですが、外科手術を伴う治療なので、外科手術の経験を豊富に積んでいる歯周病専門医に診てもらうことをお勧めします。
日本歯周病学会のホームページに、学会の認定医・歯周病専門医の一覧が出ていますので、受診の参考にされるといいでしょう。