足の血管がコブのように膨らみ、浮き上がる「下肢静脈瘤」。
下肢静脈瘤は重症になると、血管を引き抜く手術や、血管をレーザーで焼きつぶす血管内焼灼術が行われます。
しかし、手術は痛みや傷跡など体への負担が大きく、レーザー治療は手術後の生活が制限され、合併症で神経障害や血栓症が起こるリスクがあるなど、それぞれ課題がありました。
そこで近年、欧米で新たに行われているのが、医療用接着剤を注入して血管をふさぐ「スーパーグルー治療」です。患者の体の負担がきわめて少ない治療法として注目されています。スーパーグルー治療を、日本でいち早く導入した榊原直樹先生にお話をうかがいました。
取材・文/山本太郎(医療ジャーナリスト)
解説者のプロフィール

榊原直樹(さかきばら・なおき)
●東京血管外科クリニック
東京都文京区後楽1丁目1-1 TKセントラルビル2F
0120-64-4103
https://www.tokyokekkan.com/
東京血管外科クリニック技術指導医師。
1983年、金沢大学医学部卒業。87年、米国クリープランドクリニック留学。帰国後、金沢大学医学部外科学医局長などを経て、江戸川病院で心臓血管外科統括部長、下肢静脈瘤センター長、先端医療開発推進室室長を兼任。下肢静脈瘤に対する血管内レーザー焼灼術実施基準による指導医、実施医。順天堂大学非常勤講師、東京血管外科クリニック連携医師として指導に当たる。
妊娠・出産経験のある40代以上の女性の半数が発症
──まず下肢静脈瘤とは、どのような病気なのでしょうか?
榊原:
下肢(足)の静脈が膨れ、コブ(瘤)のようになる病気です。
下肢の静脈は、重力に逆らい、血液を心臓へと送り返さなければなりません。そのため、血液の逆流を防ぐ「弁」があります。この静脈の弁が壊れると、下肢静脈瘤が起こります。弁がきちんと閉まらないために、血液が逆流して下流の静脈にたまり、血管が膨れてくるのです。
多くの場合、見た目が悪くて気になったり、足のむくみやだるさ、こむら返り、皮膚のかゆみなどの症状が現れたりして、悩んでいる人がとても多い病気です。また、放置して悪化すると、皮膚の炎症が進んで潰瘍(組織がただれ、えぐれること)を起こすことがあります。
下肢静脈瘤自体には、命にかかわるような危険はありませんが、下肢静脈瘤だと深い静脈に血栓(血液の塊)ができやすく、エコノミークラス症候群(※)を起こすと死に至ることがあります。
下肢静脈瘤は日本人の10人に1人は起こるといわれる、頻度の高い病気です。
特に、妊娠・出産を経験した40代以降の女性では2人に1人が発症するとの報告もあります。これは妊娠中にホルモンの変化で血管が広がりやすくなることに加え、胎児の成長につれておなかの静脈が圧迫され、下肢静脈の血圧が上昇して弁が壊れやすくなるためです。立ち仕事や、デスクワークで長時間足を動かさない人もなりやすいといわれています。
下肢静脈瘤は、目で見た血管の太さや皮膚からの深さによって次の4種類に分類されます。
伏在型:足の皮下脂肪近くの太い血管である伏在静脈がコブのように拡張する。
側枝型:伏在静脈より枝分かれした、さらに先の部分血管が拡張する。
網目状:細い静脈が拡張し、青色の網目状の血管が皮膚の上から見える。
クモの巣状:皮膚の表面の下のごく細い血管が拡張し、赤紫色のクモの巣のように見える。
一般に、手術が必要になるのは「伏在型」だけで、他の3種類はあまり心配のない静脈瘤です。
──治療は、どのような方法がありますか?
榊原:
症状が軽度なら、伸縮性の強い医療用弾性ストッキングをはいて拡張した血管を圧迫し、血液がたまるのを防ぐ保存的治療があります。下肢の血液循環が改善され、だるさや足がつるなどの症状は緩和されます。
ただし、この方法で下肢静脈瘤そのものが治るわけではなく、現状維持と進行防止が目的です。合わせて、足のむくみを改善するための運動やマッサージなどの指導が行われることもあります。
また、血管が細い側枝型、網目状、クモの巣状の静脈瘤には、静脈瘤に薬を注射して血管を固める「硬化療法」が行われることもあります。硬くなった静脈はしだいに萎縮し、半年ぐらいで吸収されて消えてしまいます。
外来で短時間で行え、体の負担も比較的少ない治療ですが、再発しやすいのと、血管の太い伏在型静脈瘤の治療には向かないという弱点があります。
伏在型静脈瘤に対しては、従来「ストリッピング術」という手術が標準治療とされてきました。これは、血管内にワイヤーを通し、静脈瘤のできた血管そのものを引き抜いてしまう手術です。
従来、ストリッピング術は、下半身麻酔または全身麻酔で行われ、術後の痛みや傷のケアのために、数日から1週間程度の入院が必要でしたが、最近では、局所麻酔の日帰り手術で行うところが増えています。
ストリッピング術は昔から最も多く行われてきたので、治療成績は安定しています。しかし、手術後の痛みが強く、傷跡も多く残り、皮下出血や神経障害などの後遺症を伴うこともあります。侵襲性(治療に伴い体を傷つけること)が大きく、患者さんとしてもそう気軽に受けられるような治療ではありません。
そこで、ストリッピング術に代わって普及してきたのが、レーザーによる血管内焼灼術です。血管内に光ファイバーを入れて高温のレーザーを照射し、血管を内側から焼きつぶす方法です。日本では2011年に保険適用となりました。
ストリッピング術に比べれば侵襲性はずっと小さくなりましたが、欠点がないわけではありません。高温で血管を焼くさい、血管以外の組織にもダメージが及び、術後に痛みや腫れ、皮下出血などが生じます。
また、血液を高温にすると、血栓ができやすくなります。血栓が血流に乗って肺に飛び、「肺塞栓」という死に至る重篤な合併症を引き起こす危険性があります。レーザー治療初期のデータでは「受けた患者の3人に1人は血栓ができる」との報告もあり、危険性は見過ごせないものでした。
こうした問題を克服するため、パルス式レーザーが登場しました。簡単に言うと、レーザーを低温化し、血管以外へのダメージを少なくしたのです。
痛みの問題はだいぶ改善されましたが、ふさいだはずの血管に再疎通(血流が戻ること)が起こり、下肢静脈瘤が再発する問題は依然として残りました。パルス式レーザーは5年間で5~6%の再発の可能性があるとされています。
こうした従来の治療の問題点を踏まえ、現在、最新治療として海外で広まり始めているのが「スーパーグルー治療」です。

スーパーグルー治療のイメージ
接着剤を静脈に入れ、圧着する
痛みがないから麻酔不要治療後の圧迫もいらない
──どのような治療なのですか?
榊原:
スーパーグルー治療は、カテーテル(医療用の細い管)を通して生体接着剤を静脈の中に入れ、血管をふさいでいく治療です。「接着剤」と聞いて驚かれるかもしれませんが、実は昔から外科手術で傷口をふさいだりするのに接着剤は用いられていました。近年、血管内に用いても安全な生体接着剤が開発され、スーパーグルー治療が誕生しました。
スーパーグルー治療は、いくつかの特徴があります。まず血管を焼かない、つまり血管内が高温になる状態を作らないので、血栓の出現リスクを限りなくゼロに近づけられます。
しかも、レーザーのように熱を使わないため、痛みがほとんどありません。手術中も、原則、麻酔は不要です。血管以外の組織を傷つけることがないので、治療後にも痛みや傷跡がほとんど残りません。これらは患者さんにとって大きなメリットだと言えるでしょう。
治療時間も10~20分程度で、日帰りで受けられます。しかも治療直後から、いつもと変わらない生活を送れます。
従来のレーザー治療では、下肢のむくみや血栓を防ぐため、治療後に下肢を包帯でグルグル巻きにして圧迫しておく必要がありました。
その後も1ヵ月以上は弾性ストッキングを着用することをお勧めしています。
一方、スーパーグルー治療では、カテーテルを挿入した傷口にばんそうこうを1枚はるだけでよく、当日から入浴も可能です。傷口は一般的な注射跡とほとんど変わりません。
レーザー治療では、術後にいわゆるエコノミークラス症候群が起こるのを防ぐため、一定期間は海外渡航できない制約もありました。血栓リスクのないスーパーグルー治療には、そうした制限もありません。
──治療成績はどうでしょうか?
榊原:
スーパーグルー治療は2011年ころから欧米で開始され、2014年には米FDA(食品医薬品局)の認可を受けました。現在までに、全世界で20万件が実施されています。全世界の主要医療機関で行われた臨床試験でも、治療の成功率は97%と高く、従来治療と同等以上であることが証明されています。

手術1分後には静脈瘤の膨らみが消失
私は東京血管外科クリニックで、2016年に国内で初めてスーパーグルー治療を実施し、これまでに約250例を手がけてきました。
左の写真は80歳の男性Aさんの治療例です。「手術直前」は、ふくらはぎに大きく静脈瘤が浮き出ています。
「手術1分後」の写真で、ばんそうこうをはってあるのがカテーテルを挿入した箇所で、処置をした血管はペンで矢印や印がつけてあります。この時点ですでに、静脈瘤がへこんでいるのがわかります。そして、手術より「3ヵ月後」の写真では、完全に静脈瘤が消えています。
下肢静脈瘤をきちんと治療すれば、毛細血管に血液が行き渡るので、皮膚の再生能力が上がり、皮膚状態は非常によくなります。Aさんの例でも肌のくすみがなくなり、白くきれいになっているのが、写真からもわかるのではないでしょうか。
むくみや足の痛みなど、お悩みだった症状もなくなったと喜んでいらっしゃいました。
──スーパーグル―治療のデメリットはなんでしょう?
榊原:
現状では日本では受けられる医療機関がまだ少ないことと、自由診療のため、治療費が患者さんの全額負担で高額になることです。また、新しい治療法のため、中長期的な治療成績が不明です。
残念ながら、日本は、下肢静脈瘤の治療ではかなり遅れているのが実情です。欧米で十数年前から普及していたレーザー治療でさえ、日本では2011年にようやく保険適用になったばかりです。
スーパーグルー治療は患者さんの体への負担が少なく、とても安全性の高い治療法です。実際に欧米では近年、目に見えて普及が進んでいます。日本国内でも早期の認可が待たれるところです。
患者さんの費用負担を減らすために、私たちは現在、先進医療の指定申請をしています。承認を受けられれば、診察代などには保険が適用されるので、患者さんの費用負担が抑えられます。
最後に一点、皆さんに知っていただきたいのは、下肢静脈瘤は「生活習慣病」の側面があるということです。ですから、手術をして終わりではなく、その後の生活の中でも、常に足の血流をよくするケアを心がけることも大切です。
例えば、足をこまめに動かすように意識したり、寝転んで足を高く上げる運動などを取り入れたりすると、足の血管の弁にかかる負担を減らせ、再発防止につながります。
