解説者のプロフィール

小島みち子(こじま・みちこ)
料理研究家。
大学卒業後、調理師専門学校を経て、父である食文化研究家・小島高明に師事。助手として10年間、料理製作などを担当したのち、発酵食品を専門に研究。伝統食の製法に工夫を加え、現代にふさわしい作り方や食し方を提案している。日本伝統食品研究会会員。著書に『画期的! 漬けない無塩梅干し&毎日混ぜないぬかみそ』(講談社)がある。
偶然から生まれた魔法のような梅干し!
日本古来の保存食として、親しまれてきた梅干し。近年は、梅に含まれるクエン酸などの健康パワーにも、スポットが当たるようになりました。
ところが、梅干しを手作りする人は減り続ける一方です。
食の洋風化や、食材が豊かになったせいもあるでしょう。けれども、梅干しを家庭で漬けなくなった大きな理由は、なにより手間暇がかかること、そして減塩志向の高まりによるものと思われます。
実際、現代人は忙しく、昔ながらのやり方で梅干しを漬けるほどの余裕はありません。「市販品がたくさんあるのだから、食べたいときに買えばいい」と考える人も多いでしょう。
また、減塩志向については、高齢化が進み健康意識が向上する昨今、自然の成り行きといえます。家庭で梅干しを漬ける場合、一般的な塩分濃度は18~20%です。仮に20%で漬けたとすると、中サイズの梅干し1個に含まれる塩分は4g。ちなみに厚生労働省が目標値とする1日の塩分摂取量は、男性で8g未満、女性で7g未満ですからたった1個の梅干しで、その約半分です。塩分量を制限されている人ならなおさら、梅干しを敬遠したくなるでしょう。
その気持ちはよくわかりますが、梅の健康パワーをみすみす逃してしまうのはもったいない話です。そこで紹介したいのが私の考案した「無塩梅干し」です。塩に漬ける工程がないので塩分量はゼロ。しかもたった1日で作れる、魔法のような梅干しなのです。(作り方は下記参照)
この無塩梅干しは、全くの偶然から生まれました。
もともと私は、古くから受け継がれてきた伝統食や保存食、発酵食品に目がありません。子供のころの大好物は、強烈な発酵臭で知られる滋賀県の郷土料理、「ふなずし」でした。
こうした嗜好は、料理好きな母と、食に造詣が深かった父の影響でしょうか。父は会社員でしたが、出張で訪れた各地の郷土食に魅了され、後に食文化研究家として活躍しました。
私が食文化に目覚めたのは、旧家に嫁ぎ、白みそ作りを学んだのがきっかけです。昭和50年代の京都では、柴漬けや大徳寺納豆(こうじ菌を使い古来の製法で大豆を熟成させた伝統食)が継承されており、それらも現地で学びました。その後、調理師学校で助手を務め、父の文筆や料理製作を手伝っていました。
病気でも塩分を気にせず食べられると好評!
無塩梅干しを開発するに至ったのは2007年7月の、ある出来事がきっかけでした。
当時私は、労せずに作れる梅肉エキスのレシピを確立し、そこから広がった梅仕事の研究に励んでいました。しかし、進めれば進めるほど方向性を見失い、その晩も実験の成果は得られないまま、台所には洗い物が山積みになるばかり。
うんざりしていたとき、ふと目に留まったのが、ほんの数個余った青梅でした。
「これを焼いたら、どうなるだろう? こんがりと焼き目がついたりして……」ほんの遊び心なのだから、失敗してもかまいません。軽い気持ちで、オーブンに入れてみたのです。
そのうちに、焼き上がりを知らせる音が鳴りました。ドキドキしながら扉を開けると、なんとそこにあったのは、悲しいくらいに干からびた、ミイラのような梅の姿でした。しかも梅の周りには、コールタール状の黒い液体がこびりついています。
残念な結果に、どっと疲れが増した私は、「見なかったことにしよう」と、オーブンの扉を再びバタンと閉じ、そのまま放置したのです。
そうして、2〜3時間も経ったでしょうか。ほうっておいた梅のことを思い出しました。しかたがない、始末するか……とオーブンを開けたところ、なんとそこには、「梅干し」があったのです。
シワは寄っていても、ふっくらとした見かけは、梅干しそのもの。口に入れると、さわやかな酸味が広がり、梅干しよりもフルーティーです。焼いたあとに密閉状態のまま時間をおいたことで、残った水分が戻って全体に回り、やわらかい梅干し状に変化を遂げたのでしょう。
こうして生まれた「無塩梅干し」に、多くの人から支援が集まり、展示会で出合った自然食のお店が販売してくれることになりました。製法は特許権になり、2010年から5年間ほど製造・販売をしていました。
大量生産はできないため、直売は個人のお客様が中心です。続けて購入される人は、たいていご自身やご家族が、高血圧や腎臓の病気を抱えていました。「塩分を気にせず梅干しを食べられるのがうれしい」「普通の減塩梅干しはまずくて食べられないが、これはスッキリした味でおいしい」と、ご好評をいただきました。

小島先生が考案した無塩梅干し
安心・安全で健康によく料理にも応用しやすい!
農林水産省の食品表示基準では、「梅干しとは梅の塩漬けを干したもの」と定めています。
しかし、実際にスーパーに並んでいる「梅干し」を手に取ってみてください。パック裏の原材料表示には、そのほとんどに「調味梅干し」や「調味梅漬け」と書かれています。
調味梅干しとは、梅の塩漬けを流水にさらして塩分を抜いたあと、調味液に漬けた物です。
塩分を抜くのは消費者の減塩志向にこたえるためですが、この過程で、クエン酸をはじめとする梅の有効成分は、損なわれます。味もぼやけてしまうのでそれを補うため、調味液に浸す工程が必要になるのです。その調味液には、化学調味料や保存料などの添加物が含まれます。
一方、調味梅漬けとは、梅を砂糖や酢などの調味液に漬けただけの物。昔ながらの梅干しは殺菌・防腐作用を高めるために土用干しを行いますが、梅漬けは干す工程を省くので、日持ちしません。そのため、これにも保存料が用いられるそうです。
ところで、市販の「梅干し」の原材料表示に、よくビタミンB1が含まれていることにお気づきでしょうか。
「ビタミンなら、体にいいのでは」と思ったら大間違いです。この正体は、チアミンラウリル硫酸塩という合成化合物。実態は、日持ち向上剤です。しかし用途の表記義務がなく、ビタミンB1として表示すればいいことになっています。
強力な細菌抑制作用があるだけに、人体に入ったあとの安全性には疑問が残ります。しかも消費者は、これが保存料目的の添加物だと認識できません。
ほかにも、市販の梅干しに多い添加物として、スクラロースなどの人工甘味料が挙げられます。これらも、安全性は確立されていないといいます。
実は、かくいう私も、家族の好みに合わせて梅干しを作るのが難しく、市販品を買っていた時期がありました。
しかしあるとき、父がつぶやいた「市販の梅干しは、まずくて食べられない」という言葉で目が覚めました。添加物や甘味料たっぷりの梅干しは、まずいだけでなく、健康を害します。「安心・安全で、しかも健康にいい梅干しを作れないか」という探求心は、このひとことを機に生まれたのです。
私の開発した無塩梅干しは、従来の梅干しや調味梅干し、調味梅漬けにも属さない、いわば梅のドライフルーツです。加熱することで、中はやわらかくてジューシーな半生状、外は水分が飛んでシワシワになり、梅干しらしさを堪能できます。
無塩梅干しのなによりの長所は、お好みで味の調整が可能な点です。塩気が欲しい場合は、塩を少々振りかけてもいいですし、酸味が強く感じられて甘くしたい場合は、ハチミツに漬けておいてもいいでしょう。
無塩ですから、料理に応用しやすいのもメリットです。梅風味の料理を作るときも、梅干しの塩分を考慮して塩加減するといっためんどうがありません。
私はこうして食べる物に気を配ってきたおかげか、この年になっても大病を患ったことはなく、元気に過ごしています。
今は諸事情により、無塩梅干しの製造・販売は行っていませんが、これからの私の使命は、無塩梅干しの作り方を世に広めることだと思っています。梅干しは、日本に古くから伝わる、優れた食品です。無塩梅干しが伝統食を家庭で手作りする意義や、食の安全を見直すきっかけになれば、これほどうれしいことはありません。
オーブンを使った無塩梅干しの作り方

【材料】
梅(黄色く完熟した物)…1kg
※青梅を入手した場合は、室内に広げて数日おき、追熟させてから使う。

【作り方】
❶竹串などで梅のヘタを取る。梅を洗い、清潔なふきんなどで丁寧に水気をふき取る。
オーブンは150度くらいに温めておく。

❷オーブンの天板にオーブンシートを敷き、①の梅をヘタの側を下にして、2cmほど間隔を空けて並べ、庫内に入れる(並べきれないときは、複数回に分けて焼く)。
焼き始めたら、20分ほど経過したところで様子を見る。梅から出た水分がシートの上で焦げていたら、温度を10度ほど下げる。梅の周りにたまるようならキッチンペーパーで吸い取る。さらに10分焼く。

❸30分が経過すると、梅が少しふくれ、表面にハリや透明感が出てくる。そうなっていない場合は温度を10度ほど上げる。梅の上面に焼きムラがある場合は位置を入れ替え、底面に焦げがある場合は、ひっくり返す。このとき、皮を破らないように注意する。
10分ごとに様子を見ながら、さらに20~30分焼く。

❹表面が乾いてシワが寄り、少し茶色がかった枯葉のような色になったら、焼き上がり。オーブンから天板ごと取り出し、30分ほどおいて、粗熱を取る。

❺保存容器に、酸による腐食を防ぐためのラップを敷いてから梅を並べ、ふたをして密閉する。常温に2~3時間おいて、全体がしっとりしたら完成。

【保存と食べ方】
⃝冷蔵庫に保存するなら1ヵ月をめどに食べ切る。冷凍庫なら1年ほど保存可能。冷凍した場合は、食べる際に自然解凍する。
⃝完成後、普通の梅干し同様に「土用干し」を行うと、さらにまろやかな風味になり、保存性が高まる。晴天の日に、無塩梅干しを冷蔵庫から出し、ざるなどに並べ、日のよく当たる場所に置く。好みの干しかげんになったら再度容器に戻し、冷蔵庫か、長期保存する場合は冷凍庫に入れる。
⃝1日に食べる量に決まりはないが、体調を見ながら少量ずつ始め、1日2~3個にとどめる。そのまま食べても、料理に使ってもよい。
⃝塩気を足したい場合は、食べる際に少量の塩をまぶすか、種から外した実をペースト状にしてから塩を加えるとよい。
オーブントースターを使った無塩梅干しの作り方

【材料】
梅(黄色く完熟した物)…1kg
※青梅を入手した場合は、室内に広げて数日おき、追熟させてから使う。

【作り方】
❶竹串などで梅のヘタを取る。梅を洗い、清潔なふきんなどで丁寧に水気をふき取る。

❷蒸し器を用意し、蒸しすのこに皿を置くか、オーブンシートを敷き、梅を並べる。20分ほど弱火で蒸したら、ふたを外し、粗熱を取る。

❸トースターの天板にオーブンシートを敷き、①の梅をヘタの側を下にして、2cmほど間隔を空けて並べ庫内に入れる(並べきれないときは、複数回に分けて焼く)。600~700Wで15分間加熱する。途中、梅から出た水分が周りにたまるようなら、キッチンペーパーで吸い取る。梅の上面に焼きムラがある場合は位置を入れ替え、底面に焦げがある場合は、ひっくり返す。このとき、皮を破らないように注意する。
❹梅の表面が乾いてシワが寄っていたら、焼き上がり。扉を開けたまま20分ほどおいて、粗熱を取る。加熱が足りないようなら、トースターの庫内が冷えたのを確認してから、再加熱する。こまめに状態を見て、焼き上がったらスイッチを切る。

❺保存容器に、酸による腐食を防ぐためのラップを敷いてから梅を並べ、ふたをして密閉する。常温に2~3時間おいて、全体がしっとりしたら完成。
【保存と食べ方】
⃝冷蔵庫保存なら1ヵ月をめどに食べ切る。冷凍庫なら1年ほど保存可能。冷凍した場合は、食べる際に自然解凍する。
⃝完成後、普通の梅干し同様に「土用干し」を行うと、さらにまろやかな風味になり、保存性が高まる。晴天の日に、無塩梅干しを冷蔵庫から出し、ざるなどに並べ、日のよく当たる場所に置く(上記オーブンを使った作り方参照)。好みの干しかげんになったら再度容器に戻し、冷蔵庫か、長期保存する場合は冷凍庫に入れる。
⃝1日に食べる量に決まりはないが、体調を見ながら少量ずつ始め、1日2~3個にとどめる。そのまま食べても、料理に使ってもよい。
⃝塩気を足したい場合は、食べる際に少量の塩をまぶすか、種から外した実をペースト状にしてから塩を加えるとよい。