解説者のプロフィール

東田千尋(とうだ・ちひろ)
富山大学和漢医薬学総合研究所神経機能学分野教授。薬学博士。
1989年、北海道大学薬学部卒業。米国NIH留学などを経て、2017年より現職。
記憶障害が改善しアミロイドβが減少
私は20年以上にわたって、認知症の予防・改善につながる天然成分の研究を行ってきました。そうしたなかで注目したのが、ヤマイモでした。ヤマイモに含まれるジオスゲニンという成分に、認知機能を多方面から改善する効果があるとわかったのです。
認知症は、脳の神経細胞がなんらかの原因によって障害を受け、神経回路が破綻する病気です。一度死んだ神経細胞を元に戻すことはできませんが、萎縮した軸索(神経細胞から伸びている情報を送り出す突起)を再び伸ばし、回路をつなぎ直すことはできます。回路がつながれば、脳の機能は改善してきます。
私たちは、次のような研究を行いました。
まず行ったのは、細胞実験です。アルツハイマー病の原因物質といわれるアミロイドβ(異常たんぱく)を神経細胞にかけると軸索が萎縮します。その後に、ジオスゲニンを加えたところ、萎縮していた軸索が伸び、神経回路をつなぎ直す働きのあることがわかりました。
次に動物実験です。アルツハイマー病の症状があるマウスと、正常マウスにジオスゲニンを投与しました。すると、ごく少量でアルツハイマー病マウスの記憶障害が改善し、アミロイドβが減少したのです。また、正常マウスに投与したら、記憶能力の向上が見られました。
ジオスゲニンは、脳内の特定の受容体(刺激や情報を受け取る部分)と結合して、これらの作用を発揮することもわかりました。
油を加えると脳内に成分が入りやすい
私たちは、ジオスゲニンを高濃度に含むヤマイモエキスを原料とした独自処方のカプセルを開発し、ヒトに対する臨床試験も行いました。
健常な認知機能を持つ28人を無作為に2グループに分け、一方にヤマイモエキスを、もう一方にプラセボ(有効成分を含まないエキス)を12週間飲んでもらいました。その6週間後、ヤマイモエキスとプラセボを交代して、再び12週間飲んでもらいました。
つまり全員に、ヤマイモエキスとプラセボを、順番を替えて12週間ずつ飲んでもらったのです。そして、それぞれの飲用前後でアーバンス(RBANS)という国際的な神経心理テストを行い、認知機能を評価しました。
その結果、ヤマイモエキスの飲用により、認知機能の有意な改善が認められました。ヤマイモエキス摂取後のアーバンスの総得点は5.4点と、プラセボ摂取後の2.1点を大きく上回ったのです。
年代別に見ると、効果が顕著だったのは47〜81歳の中高年者です。プラセボ摂取後の得点は、飲用前より0.5点低下しましたが、ヤマイモエキス摂取後は5.5点の上昇が見られました。
アーバンスには12項目の検査があり、どの項目もおおむね改善傾向にありました。特に改善が見られたのは、動物や野菜など、同じカテゴリーに属する名前を列挙する「言語能力」や、時間が経ったあとに記憶を呼び戻す「遅延記憶」などでした。遅延記憶の低下は、認知症の初期症状といわれますので、それが改善したことは、認知機能の維持に役立つと考えられます。
■ヤマイモエキスで認知機能が大幅に改善!
(ヤマイモエキス12週間摂取後の認知テストの結果)

動物実験では、正常なマウスの脳の神経細胞のネットワーク密度が高くなっていました。これは、軸索の本数や枝分かれが増えたということです。ヒトの認知機能が改善したということは、ヒトの脳でも同様の変化が起こっていると推測されます。
ジオスゲニンは、アルツハイマー病だけでなく、血管型やレビー小体型といった認知症、パーキンソン病のような神経変性疾患にも、進行を遅くしたり改善させたりする効果が期待できます。
残念なことに、日本のヤマイモにはあまり多くは含まれていません。しかし、習慣的に食べ続けることによって、認知症の予防・改善に役立つと考えられます。
その際、ヤマイモを油といっしょにとると、ジオスゲニンが脳内に格段に入りやすくなることがわかっています。100g程度のヤマイモを短冊切りにしたり、すりおろしたりして、オリーブオイルを適量加えてとるといいでしょう。
なお、私の研究成果に基づくジオスゲニンのサプリメントを今秋から発売予定です。ふだんの食生活と併せて活用することで、健康な生活を楽しんでいただきたいと願っております。

オリーブオイルを適量加える