解説者のプロフィール

熊谷賴佳(くまがい・よりよし)
●京浜病院
東京都大田区大森南1-14-13
03-3741-6721
http://www.keihin-hospital.jp/
京浜病院院長。蒲田医師会会長。
脳神経外科医でありながら、慢性期医療に専念し、認知症治療に特化。著書に『認知症はなっても○、防げば◎』(マキノ出版)などがある。
食べる楽しさが脳を刺激し認知機能が回復
認知症は、症状が出る20年以上前から、10年以上の潜伏期間が続きます。その後、認知症の前段階であるMCI(軽度認知障害)の時期を経て、本格的に発症します。
潜伏期やMCIの時期には、身体能力や意欲などよりも先に、五感の衰えが見られます。
味覚を例にお話ししましょう。
認知症になると、まずわからなくなるのが「旨み」です。甘み、酸味、苦みなどの味覚は、生まれつき備わっているものなので、認知症になっても失われません。しかし、旨みは、後天的に得た感覚であるため、失われやすいのです。ある程度の年齢で、「最近、何を食べてもおいしく感じない」というかたは要注意です。
味覚障害は、虫歯や入れ歯の不具合などの口腔内のトラブルや、うつ病でも起こります。これらに該当しないのであれば、認知症が原因かもしれません。
ある程度、認知症が進行した患者さんには、みそをお湯で溶いただけのだしのないみそ汁でも「おいしい」という傾向があります。これは、「おいしい」という感覚を忘れているのです。
味覚が衰えると、「食事をしたい」という意欲すらなくなっていきます。味覚の衰えのあとに意欲の衰えが続き、認知機能がますます低下するのです。
したがって、味覚の衰えを感じた時点で、おいしさを再認識できれば、食への意欲を回復できます。食べる楽しさを取り戻すことは、脳への刺激となり、認知機能の回復に役立ちます。
そこで、おいしいと感じることを取り戻すために、私は「コンブだし」をお勧めします。
日本人は、子供のころからコンブだしを使った旨みの効いた料理を「おいしい」ものだと学んできました。一度学んで得た記憶は、再学習によって取り戻すのにも時間はかかりません。コンブだしは、おいしさの再学習に最適な食材といえるのです。
豊富なグルタミン酸が脳のエネルギー源になる
加えて、コンブそのものが、脳機能に非常にいい影響を及ぼします。特に重要な働きをしているのが、コンブの旨み成分である「グルタミン酸」です。グルタミン酸とは、体内で合成できるアミノ酸の一つです。
グルタミン酸の血中濃度について、全身と脳内とで比べると、脳内のほうが150倍も高いのです。ちなみに、ほかのアミノ酸は、全身と脳内とで濃度は変わりません。つまり、グルタミン酸は、例外的に脳内に多いアミノ酸なのです。
通常、脳が活動するときにエネルギー源として使われるのはブドウ糖です。そして、ブドウ糖が足りなくなると使われるのが、ケトン体という物質です。さらにケトン体も不足すると、グルタミン酸が脳活動のエネルギー源として使われます。ですから、グルタミン酸は、万が一に備えて脳内で作られている必要不可欠な物質といえます。
通常、グルタミン酸は、神経伝達物質として使われています。したがって、毎日少しずつグルタミン酸を摂取し続ければ、脳機能を活性化するのに役立ち、認知症の予防効果も期待できるでしょう。
日ごろ、コンブだしを使って料理することを心がけるほか、とろろコンブを食べる方法もお勧めです。ただし、コンブをとり過ぎると、ヨウ素の過剰摂取によって、甲状腺に障害が起こる恐れがあります。認知症予防や、おいしさの再学習にいいからといって、コンブだしをあまりにも大量に摂取することは避けてください。
味覚を例にとってお話ししてきましたが、ほかにも五感を刺激する方法がいろいろあります。私が提案している「視覚リハビリ」も、五感を刺激して、認知機能の低下を防ぐ方法の一つです。認知症が気になるかたは、ご自分が楽しく続けられる方法を積極的に試してみるといいでしょう。
認知機能の低下を自覚するようになり、「認知症になってしまったから自分はもうだめだ」などと恐れる必要はありません。脳は、いくつになっても成長できるのです。まずは、毎日の食卓にコンブだしを使った料理を並べることから実践してください。

コンブの旨みは脳の栄養!