解説者のプロフィール

前田浩(まえだ・ひろし)
熊本大学名誉教授。
大阪大学大学院医学系招聘教授、東北大学特任教授、バイオダイナミックス研究所理事長。
2016年には、「がん治療における高分子薬物の血管透過性・滞留性亢進効果の発見」で、トムソン・ロイター引用栄誉賞を受賞し、世界のトップ5に選ばれ、ノーベル化学賞候補に挙がる。
ファイトケミカルで活性酸素を撃退
がんを始め病気の発生には、活性酸素が密接にかかわっており、活性酸素を消去することが、病気の予防につながると考えられています。活性酸素とは、活性が強く他の物質と反応して結びつきやすい酸素のこと。活性酸素によって物質が変質することを酸化といいます。活性酸素は、強い酸化力で遺伝子や細胞を破壊し、病気を引き起こす万病の元です。
人は生きている限り活性酸素から逃れられません。私たちが呼吸で取り込んだ酸素のうち、2~3%は体内で活性酸素に変わってしまうからです。また、紫外線や化学物質、放射能、タバコ、食品添加物、ストレスなど、活性酸素の発生源が身のまわりにあふれています。本来、人間の体内には、活性酸素を消去する物質を作る働きが備わっていますが、加齢によりこの働きは低下し、活性酸素を処理しきれなくなります。
そこで頼りになるのが野菜。野菜は、活性酸素を消去する抗酸化成分であるファイトケミカルを豊富に含んでいるのです。ファイトケミカルとは、植物が紫外線や害虫などから自らを守るために作り出す物質のこと。代表的なのはトマトのリコピン、ニンジンやカボチャのカロテノイド、ホウレンソウのルテインなどです。
野菜は煮たほうが10~100倍も効果的

ファイトケミカルを効率よく利用するには、サラダより野菜スープがお勧めです。
ファイトケミカルの多くは、セルロースという頑丈な植物繊維でできた細胞壁に包まれています。ファイトケミカルを取り出すには、細胞壁を壊さなくてなりませんが、ヒトの体内ではセルロースは消化されません。野菜をかんだり、包丁で刻んだりした程度では細胞壁は壊れず、有効成分を吸収できないのです。
しかし、野菜をゆでると細胞壁は簡単に壊れ、ファイトケミカルが溶け出します。私たちの実験で、野菜の活性酸素を消去する働きは、生野菜をすりつぶしたものより、煮出したゆで汁のほうが、多くの場合10~100倍強くなることが明らかになっています。このようになると腸からもよりよく吸収されるのです。
つまり、がんをはじめ病気予防には、生野菜を食べるより野菜スープにするほうが最善というわけです。

細胞や遺伝子を傷める「慢性炎症」に注目
最近の研究で、体内のあちこちで生じる「慢性炎症」が、動脈硬化やや糖尿病、がんをはじめとする生活習慣病や、老化を引き起こすことが明らかになりました。
炎症は「急性炎症」と「慢性炎症」に分かれます。急性炎症は一時的に起こるもので、ウイルスや細菌の感染、ケガ、毒物の摂取などさまざまな原因があります。
たとえば、インフルエンザウイルスに感染すると、白血球(血液細胞の一種)が活性酸素を放出して外敵であるウイルスを殺傷します。この闘いでウイルスは駆逐できますが、周囲の組織も破壊され傷ついてしまいます。それで炎症になります。
炎症が起きると組織を修復するために、さまざまな物質が分泌され、血管が広がり、血流量が増えるなどして腫れや痛み、かゆみ、熱などが生じます。急性炎症は体の防御反応といえます。
一方の慢性炎症は、体内でだらだら続く弱い炎症です。原因は炎症と同じですが、それが長時間、何カ月も何年も続くことです。それによって細胞や遺伝子に傷がつき、重大な病気に至ることになります。これは体の抗酸化力が低下して活性酸素が増えすぎることが原因です。体内の酸化が進み炎症が起こるのです。
慢性炎症には高血糖もかかわっています。高い血糖値は糖化の原因です。ブドウ糖や果糖が血中に高濃度にあると、血液や血管の細胞と結合する現象が起こります(糖化)。糖化のプロセスにも、活性酸素が密接にかかわっていると考えられます。
糖尿病の検査でヘモグロビンA1cがあります。血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの糖化の指標です。この値が高いということは、全身の血管の細胞や血管を構築しているたんぱく質が糖化により傷害を受けていることを示しています。
その程度が強くなると、脳や心臓、腎臓などが傷害を受け、それぞれ脳梗塞やアルツハイマー、認知症、心筋梗塞、腎不全→透析などの病気になる可能性が高くなります。
これらの予防の観点からも、抗酸化作用を持つファイトケミカルの豊富な野菜スープの摂取が望ましいのです。糖尿病の患者は、その予備軍を合わせると、日本には2千万人近くいるといわれていることから、野菜スープの重要性は国家的な課題であるともいえます。
肝がんへの進行が野菜の摂取で低下
野菜スープには、強力な抗酸化作用や抗炎症作用を発揮するファイトケミカルのほか、糖質の吸収を抑える食物繊維が豊富に含まれています。野菜スープを食べると慢性炎症の進行を抑え、炎症から発生する病気を防ぐことができます。
台湾におけるB型肝炎ウイルスのキャリア(保菌者)を8~10年間、追跡調査した研究でも、野菜の効果が実証されました(1995年『キャンサーリサーチ』)。
肝炎ウイルスのキャリアで、野菜の摂取が週平均6回以上の人は、それ以下の人よりも、肝がんの発生率が4.7倍も少なかったのです。この結果は、キャリアの人にとって大きな朗報です。

野菜で血管の若さを保つ
「人は血管から老いる」
こんな言葉を耳にしたことがあるでしょう。血管の老化とは動脈硬化のことを指します。動脈硬化は血管内に酸化したLDLコレステロール(悪玉)がたまり、血管の壁が厚くなって血管がかたくなったり、血管の内腔が狭くなったりして血液が流れにくくなる状態をいいます(血流不全)。
コレステロールなどの沈着から動脈硬化になってくると、血流が悪くなり高血圧を招くほか、血栓(血液の塊)ができやすくなり心筋梗塞や脳梗塞、さらに腎不全のリスクが高まります。
野菜に豊富なファイトケミカルは、強い抗酸化力で、活性酸素を消去してLDLコレステロールの酸化を防ぎ、動脈硬化の予防に役立ちます。
もう1つ、コマツナやホウレンソウ、ダイコンなどに多く含まれる、硝酸イオンや亜硝酸イオンという物質も、動脈硬化や高血圧の予防に役立ちます。
これらは腸内細菌によって一酸化窒素(NO)に変換されたり、抗酸化物質として作用したり、体内の脂肪酸と結びついてニトロ化脂肪酸になり、降圧作用を示したりします。血管を広げる薬のニトログリセリンのような効果です。
一酸化窒素には、血管を広げて血流をスムーズにする働き、活性酸素を消去する働き、血栓を防ぐ働きがあります。これらの働きにより、血管はしなやかでクリーンな状態を保ち、動脈硬化や血圧の過度な上昇を防ぐことができるのです。
野菜料理を食べたら血圧が下がった
亜硝酸イオンは、胃がんを誘発する発がん物質であると、一部の研究者から指摘されていた時期がありました。しかし現在では、胃がんの原因は、ヘリコバクター・ピロリ菌による慢性感染が原因であることが判明しています。
亜硝酸イオンの抗酸化作用、降圧作用は明らかにされており(2006年の第5回国際一酸化窒素学会)、がん予防や高血圧予防の観点から有用な物質といえます。
2010年、米国ピッツバーグ大学医学部のブルース・フリーマン教授は、野菜について興味深い研究結果を報告しています。
日本食を対象とした研究で、野菜料理を食べた人は、食べない人に比べて、亜硝酸イオンの血中濃度が2倍ほど上昇し、血圧が有意に低下したのです。
薄味の野菜をたっぷり使った日本食は、血管の若さを保つすぐれた高血圧予防食といえるでしょう。

野菜スープは優れた高血圧予防食