血管拡張の効果のある一酸化窒素がふえる
脳を活性化し、集中力や記憶力を向上させる、大変有効な健康法があります。
それが、今回ご紹介する「片鼻呼吸法」です。
片鼻呼吸法とは、文字どおり、片側の鼻だけで呼吸する方法で、ヨガなどでもよく行われています。
健康法に詳しいアナウンサーの生島ヒロシさんも、この片鼻呼吸法を実行しているということを、以前に聞いたことがあります。
そのやり方は、とても簡単です。
・まず、右の鼻の穴を指で押さえ、口を閉じて、左の鼻の穴からゆっくりと呼吸します。
・このとき右の鼻の穴は押さえたままにしてください。
・大きくゆっくりと10回くり返し呼吸します。
・次に、左の鼻の穴を押さえ、同様に10回呼吸してください。
これを1日に1セット、できれば朝起きたときに、行うようにするといいでしょう。
毎日、こうして片鼻呼吸を続けていると、物忘れや、ボケを防ぐことができます。

では、片鼻呼吸には、どうしてそのような優れた効果があるのでしょうか。
この呼吸法において、重要な役割を担っているのが、一酸化窒素です。
一酸化窒素というと、皆さんはあまりいい印象を持たないかもしれません。
確かに、一酸化窒素は自動車の排気ガスなどに含まれており、光化学スモッグや酸性雨の原因にもなっていることから、どうしても有害物質という悪いイメージがあるようです。
しかし、一酸化窒素は、私たちの健康にとって、とても有効な面を持っています。
もう20年以上も前に、一酸化窒素には、血管の筋肉をリラックスさせ、血管を拡張する作用があることが証明されました。
一酸化窒素は、体のいろいろなところで作られて、利用されています。
例えば、血管の内皮細胞では常時作られ、血管のコントロールに利用されているのです。
近年、鼻の粘膜でも一酸化窒素が作られることがわかりました。
そして、口を閉じて鼻呼吸することで、その産生と体内への吸収を促すことができます。
特に、効率的に鼻粘膜での一酸化窒素の産生を促すのが、片鼻呼吸というわけです。
片鼻呼吸をすると、一酸化窒素が鼻の穴にため込まれ、鼻の粘膜から吸収されやすくなります。
そして、吸収された一酸化窒素は、毛細血管を通って、脳に到達するのです。
脳に送り込まれると、一酸化窒素は、脳の血管を拡張し、血流促進に働きかけます。
その結果、脳が活性化されます。
イライラをおさえる!記憶力も向上!

ところで、鼻の穴の中というのは、私たちの体の中で唯一、神経系が露出している場所です。
鼻の奥にある嗅神経は、じかに空気にふれているのです。
そこで、片鼻呼吸法によって、一酸化窒素を鼻の奥にため込み、この嗅神経にふれさせて上手に刺激することができれば、脳の大脳辺縁系の扁桃核という部位を、効率よく刺激することができます。
扁桃核は、神経細胞の集まりで、感情の処理にかかわる部位です。
ここを刺激すると、イライラが抑制されたり、気分が落ち着いたりといった効果が生まれます。
私たちは、あれこれと思い悩んでいると、集中力が散漫になり、記憶力も低下してくるものです。
その点、片鼻呼吸で扁桃核を刺激することができれば、気分を落ち着けることができます。
すると、集中力のアップや記憶力のアップにつながると考えられるのです。
ちなみに、においと記憶は、深い関連があります。
このことを裏づけるかのように、扁桃核の近くには、同じく大脳辺縁系に属する、海馬という場所があります。
ご存じのとおり、海馬は記憶をつかさどる器官です。
例えば、記憶を一時的に蓄えたり、記憶をほかの部位に転送したりする仕事をしています。
片鼻呼吸をすると、嗅神経を通じて、扁桃核が刺激されるだけではなく、この海馬も刺激できます。
すると、海馬の働きも活性化されて、記憶力が向上するわけです。
以上のように、片鼻呼吸法を行うことによって、同時にいくつもの効果が得られます。
そうした効果が重ね合されることで、物忘れやボケの予防に、優れた効果が発揮されると考えられるのです。
ところで、片鼻呼吸をすると、一酸化窒素の産生と吸収を促すことができることを先に述べました。
この一酸化窒素には、血管拡張作用があるため、さまざまな健康効果をもたらします。
まず、一酸化窒素には、高血圧や心臓病や脳卒中などの生活習慣病を防ぎ、症状をやわらげる効果があります。
さらに、脳や肺、胃腸などの生理機能を整える作用もあります。
また、一酸化窒素は白血球で大量に産生され、体内に入ってきたウイルスや細菌を攻撃し、健康を保つ働きがあることがわかっています。
片鼻呼吸法を毎日行うことで、記憶力を向上させ、ボケを防いで、さらにさまざまな健康効果を得ることを期待できるのです。
解説者のプロフィール
高田明和(たかだ・あきかず)
浜松医科大学名誉教授。