解説者のプロフィール
山本智章(やまもと・のりあき)
1959年、長野市生まれ。76年、長野県屋代高校入学と同時に野球班に所属。79年、新潟大学医学部入学。準硬式野球部に入部。85年、新潟大学整形外科入局。93年、米国ユタ大学骨代謝研究室。2001年、新潟リハビリテーション病院整形外科勤務。10年、同病院院長。日本体育協会公認スポーツドクター、新潟アルビレックスベースボールクラブチームドクター、新潟市野球連盟副会長、新潟市少年硬式野球連盟医事顧問、野球障害ケア新潟ネットワーク代表。

「野球ひじ検診」で子どもたちを守る
野球の母国・アメリカの少年野球に関する研究によると、9〜14歳のリトルリーグの投手の49%に「内側型野球ひじ」(くわしくは後述)の発生していることが報告されました。この報告は1965年のもので、アメリカではすでに半世紀近く前に野球ひじが問題視されていたことがわかります。
近年のアメリカでは少年野球選手の野球ひじが多発し、再び野球ひじの問題がクローズアップされています。そのため、投球数を制限するルールが決められ、子供たちを守る体制がつくられています。
日本では、徳島大学整形外科において1980年代から野球ひじ検診が始まり、多くのデータとともに成長期の野球ひじの予防についての提言がされてきました。2007年に行われた徳島県の学童軟式野球選手に対する検診では、二次検診を受診した291名のうち77.5%にひじX線で異常が見つかり、その97.4%の投手のひじの内側に異常が認められたとの報告がなされました。
「ひじの痛み」が1位、「肩の痛み」が2位、3位が「足・足首の痛み」
私が住む新潟県でも、2007年の「第2回ドカベンカップ(現・新潟地区学童軟式野球新人戦)」において検診を行いました。出場48チームに問診票を配布し、41チーム、546名の選手からの回答を得られました。この検診は、世界保健機関(WHO)承認の下で行われている「運動器の10年」世界運動・日本協会による普及啓発推進事業の一環として行われました。
その結果、47%にあたる256名が「痛みなし」と回答したのに対し、53%にあたる290名の選手が、体のどこかしらに「痛みあり」と回答しました。つまり、半数以上の子供たちが痛みを感じていたのです(図を参照)。
さらに、「痛みあり」と答えた選手に、体のどこに痛みがあるかをたずねたところ(複数回答)、最も多かったのがひじで、全体(546名)の24%、116名にのぼりました。次いで多かったのが肩(22%、108名)、3番めに多かったのが足・足首(19%、92名)でした。以下、かかと、ひざ、手・手首、腰と続きます(図を参照)。
大会期間中でもあることから、検診は無記名で回答してもらいました。推測するに、「痛みあり」と答えた選手のうち、指導者や保護者にそのことを伝えているケースはごくわずかではないでしょうか。
ひじに痛みを感じている116名は、痛みのある選手290名の実に40%にあたります。これは相当高い確率といってよいでしょう。

投げ過ぎ(オーバーユース)で肘が痛む
では、なぜこれほど多くの子供たちがひじを痛めるのでしょう。その最大の理由は、「使いすぎ(投げすぎ)」です。
野球の投球動作では、ひじの内側(小指側)に引っぱられる負荷が加わり、ひじの外側(親指側)には圧迫される負荷が加わります(図を参照)。
そもそもひじの関節は、ひざや足首のように体重を支えるためのものではありません。ひじは構造上もともと丈夫ではないのです。これは肩も同じです。したがって、引っぱられたり圧迫されたりの負荷がかかる投球動作は、ひじにとってはストレス以外の何ものでもないのです。
成長期の子供たちの骨格には、成長軟骨という弱くてデリケートな部分があることはお話ししました。投球動作で負荷がかかると、成長軟骨が疲労して傷つき、炎症を起こしたり、欠けたり、穴が開いたりします。
負荷がかかる回数、つまり投球の回数が少なければ、ひじが痛むこともありません。私たちの体には、傷を自分で修復する力があるので、投球によって軟骨が疲労して傷ついたとしても、休むことで元の状態と機能を回復するのです。
しかし、ひじを休めるひまなく投球を続けると、修復が間に合わず、疲労が蓄積され、傷が治らなくなります。1日の投球回数が多かったり、1日の回数は少なくても毎日投げ続けたりすると、最初は小さな傷でもそれがどんどん悪化します。これが「オーバーユース」といわれるもので、使いすぎ、投げすぎによって野球ひじが起こる理由です。

「手投げ」が野球肘のリスクを高める
また、間違った投球フォームも野球ひじの原因の一つです。
投球のとき、ひじは曲げたり伸ばしたりする動き以外にも、ひねるという動きを行っています。しかし、ひねる動きは、ひじにとっては得意なものではなく、むしろ本来はできない動作です。また、投球やバレーボールのアタックなどにおけるオーバーヘッド(腕を頭上にかかげること)の動作は、関節の形状や働きから、ひじだけでなく肩にも負担がかかります。正しいフォームでも、投球はひじや肩に無理をさせているのです。
加えて、子供たちに最もよく見られるフォームの特徴は、ひじが下がってテイクバック(後方へ引く動作)がとれないことです。肩甲骨(背中の上部で左右にある逆三角形型の大きな骨)が動かず、そのためひじが肩の高さより下がった状態から、腕だけを振って投げる、いわゆる「手投げ」になっています。手投げはひじへの負担が大きくなり、野球ひじのリスクをより高めます。
投球は全身運動といわれますが、小学生はまだ全身の筋力が弱いため、全身を連動させた投球がなかなかできず、そのことでもフォームをくずします。下半身の筋力が弱いとワインドアップ(振りかぶること)の姿勢がしっかりとれず、ステップしても安定しません。重心移動もうまく行えず、どうしても腕の力にたよって手投げになりがちです。また、成長期には筋肉が硬くなりやすく、投球フォームがくずれがちです。
野球ひじは一つの原因によって起こるわけではありません。筋力が弱ければ正しい投球フォームはつくれません。正しいフォームでなければ、投球回数が少なくてもひじにかかる負荷は大きくなります。反対に、たとえ正しいフォームで投げても、投球回数が多ければ野球ひじのリスクは高くなります。野球ひじはすべての原因がリンクし合い、影響し合って起こるものなのです。