手のひらや足の裏、わきの下などに多量の汗をかく「多汗症」。
病気の認知度は低いものの、けっしてまれな病気ではありません。
特に手のひら、わきの多汗症に悩む人は、それぞれ国内の人口の5%程度いるといわれます。
しかし治療を受けている人は、そのうちの1割程度しかいないそうです。
治療法はいくつかありますが、
手のひらの多汗症には近年、内視鏡を用いた手術が行われるようになっています。
ただし従来は、手のひら以外からの多汗(代償性発汗)などの合併症の問題がありました。
しかし、合併症の問題も「ほぼ克服できた」と力強く語るのが、
これまで12800例以上もの手術を行ってきた山本英博先生です。
詳しいお話をうかがいました。
取材・文/山本太郎(医療ジャーナリスト)
解説者のプロフィール

山本英博(やまもと・ひでひろ)
●山本英博クリニック
渋谷区道玄坂2-28-4イモンビル 7階
TEL 03-5459-5062
http://www.tenoase.com/
山本英博クリニック院長。
1985年、神戸大学医学部卒業。
医学博士。
神戸大学医学部第二外科、国立がんセンター呼吸器外科、国立療養所兵庫中央病院呼吸器外科などの勤務を経て、2002年に山本・兼平クリニック開業、2007年に山本英博クリニックに改名。
多汗症治療を専門とし、ETS手術においては国内最多の12800件超の手術経験を有する。
多汗症とは

──まず多汗症という病気について教えてください。
山本:
多汗症は、体温の上昇と関係なく、汗が過剰に出る病気です。
手のひら、足の裏、わきの下、顔や頭部など局所の汗が増えるものを「局所多汗症」、
胸や背中、お尻など広い範囲に汗が増えるものを「全身性多汗症」といいます。
また、甲状腺機能亢進症や更年期障害など他の病気が原因のものを「続発性多汗症」、
他に原因となる病気がないのに起こるものを「原発性多汗症」といいます。
ここでは発生頻度が高い「原発性局所多汗症」についてお話しします。
発生頻度の高い「原発性局所多汗症」は幼少期から発症
例えば、緊張して「手に汗を握った」体験は誰でもあるでしょう。
しかし、手のひらの多汗症では、
手から汗がダラダラとしたたり落ちるほど多量の発汗が起こります。
原因はまだわかっていない部分もありますが、
汗を分泌する汗腺には異常がなく、発汗を促す交感神経の異常だと考えられています。
「汗を出せ」という信号が過剰に送られてしまうのです。
家族内で同じような症状が見られることが多く、
遺伝的な要因があるとも考えられています。
原発性多汗症の特徴として第1に、幼少期から症状が見られます。
問題が表面化するのが早いか遅いかで、ほぼ先天的な病気です。
例えば、お絵描きや折り紙をしたら、
汗で紙がグシャグシャになるといったきっかけで気づかれることが多いです。
大人になって急に発汗量が増えた場合、おそらく他の病気が原因です。
多汗症の特徴は体の両側に出ること
第2に、常に発汗しているのではなく、
多汗と無汗の状態が交互に起こります。
寝ている間は、交感神経と拮抗する副交感神経が優位になるため、
発汗は起こりません。
ですから、極端な寝汗でお悩みの場合、
やはり他の病気の関与が考えられます。
第3に、両手のひらや両足の裏、両わきの下など、
体の片側だけでなく両側に出るのが特徴です。
体の片側だけに多汗症の症状が出る場合、
腫瘍ができて神経が圧迫されているとか、
外傷で神経が傷ついたなどの原因が考えられます。
部位によって治療法が異なる

第一選択肢は「塩化アルミニウム」の外用
──治療には、どのようなものがあるのですか?
山本:
まず一般的な治療法から、ご説明しましょう。
どの部位の多汗症でも基本的に第1選択肢となるのが、
「塩化アルミニウム」の外用です。
市販の制汗剤にも含まれる成分で、
汗腺にごく軽微な炎症を起こし閉塞させる、
つまり汗の出口をふさぐことで発汗を抑えるとされています。
効果は一過性で、継続的に使う必要があります。
また、刺激によって皮膚炎が起こることがあります。
欧米でよく行われる治療法「イオントフォレーシス」
「イオントフォレーシス」は、水を張った容器に微弱な電流を流し、
手のひらや足の裏をつける治療法です。
通電により生じる水素イオンが汗腺の出口をふさぐといわれています。
水に患部をひたす必要があるので、顔には行えません。
肌荒れなどの副作用がありますが、
効果は比較的高く、欧米では積極的に行われています。
わきの多汗症によく行われる「ボトックス注射」
「ボトックス注射」は、
ボツリヌス菌が産生する毒素から精製した薬を患部に注射します。
交感神経から汗腺への刺激の伝達をブロックし、発汗を抑えます。
わきの下の多汗症によく行われ、
重症度によって保険適用になることもあります。
一方、手のひらや足の裏には、
治療ガイドラインも「行うことを考慮してもよいが、十分な根拠がない」としています。
私自身は行っていません。
毒性を除去してあるとはいえ、
神経に作用するため、手の感覚が鈍るなど副作用の問題が少なくないからです。
アセチルコリンの動きを阻害する「プロバンサイン」
「プロバンサイン」は元々は下痢止めとして用いられていた薬で、
アセチルコリンという物質の動きを阻害し、発汗を抑制します。
ただ、アセチルコリン阻害作用が全身に現れ、
汗は引いても、便秘や口の渇きなどの副作用も高確率で起こります。
あまり使い勝手のいい薬ではありません。
手のひらの多汗症の根治手術「ETS」とは
これらのほか、手のひらの多汗症に対する根治療法といえる手術
「交感神経遮断術(ETS)」があります。
──どんな手術ですか?
山本:
発汗を促す信号を送る交感神経を遮断する手術です。
全身麻酔下で内視鏡(胸腔鏡)を使って行います。
通常、わきの下の皮膚を3~4mm(1ヵ所)切開する程度で、
侵襲(体を傷つけること)の少ない手術です。
手術自体にかかる時間は30分程度、
当院では日帰りで行っています。
そう聞くと、簡単な手術と思われるかもしれませんが、
実はそうではありません。
当院には全国の医療機関、
大学病院の多汗症専門外来からも重症の患者さんが紹介されてきます。
それほど専門性や難易度の高い手術であることをまずご理解ください。
従来のETSの問題点「代償性発汗」
ETSは日本では1990年代初頭から行われ、
1996年に保険適用となりましたが、従来は大きな問題点がありました。
「手のひらの汗は止まっても、背中や腰、顔など他の部位の発汗量が増える」
という事態がかなりの割合で起こるのです。
これを「代償性発汗」といいます。
代償性発汗の頻度が1%未満まで低下!

しかし、私は現在、この問題をほぼ克服するにいたりました。
代償性発汗が起こる率を「ゼロ」とはいわないまでも、
1%未満に下げることができたのです。
これまでに計12800例以上もの手術経験に加え、
近年登場した「レーザースペックルフローグラフィー」が治療精度を向上させる助けになりました。
レーザー光線のはね返り方を測定し、
微細な血流変化を映像表示できる機器です。
この機器を応用して、
神経に刺激を与えたさいの血流変化を見ることで、
患者さんごとに
「どの神経を処置すると、どこの汗が引き、どこに代償性発汗が起こるか」
を事前に予測可能になったのです。

グラフを見てください。
グラフ下部の「T2」や「T3」は、どの神経を遮断したかを表します。
脊髄神経から枝分かれし、
肋骨の間を走るT2(頭部に近いほう)から
T6(腰部に近いほう)が手のひらの発汗にかかわる神経です。
グラフの縦に伸びる棒は、
左(濃いグレー)が「術後の手のひらの発汗量」で
右(薄いグレー)が「代償性発汗が起こった割合」です。
T2を遮断すると、手のひらの発汗量は大きく減るものの、
代償性発汗が起こる割合は約25%と高くなります。
T3以降、遮断する神経が下になるほど、
代償性発汗は起こりにくいですが、
手のひらの発汗量はあまり減らない結果に終わってしまいます。
昔は「ほどほどの改善が期待され、代償性発汗も起こりにくいT4のみ遮断」
という考え方もありました。
しかし、満足な改善効果は得られず、
一方で代償性発汗は決して見過ごせないものでした。
次に「T3とT4」のように複数の神経の遮断が行われるようになりました。
治療効果は高まったものの、
代償性発汗の頻度を大きく減らすにはいたりませんでした。
しかし私は、前述のように代償性発汗の起こり方を予測した上で、
複数の神経を処置することで、問題を克服しました。
グラフ右端の「R3‒6」と「R2‒6」(T3またはT2からT6の範囲において適切な部分の切除)は、
ここ5年間の私の手術成績をまとめたものです。
手のひらの発汗を十分に改善した上、
代償性発汗を引き起こす頻度は1%未満まで低下しています。
学術論文も発表していますが、
レーザースペックルフローグラフィーを応用した手術法や治療成績は、
おそらく世界でも他に例を見ないものだろうと自負しています。
代償性発汗を引き起こさないETS手術の流れ
──実際の治療の流れは?
山本:
当院では必ず、手術の実施前に患者さん向けの説明会を行います。
多汗症に関する正しい知識、
手術やそれ以外の治療方法、
副作用などを学んでいただいた上で、
治療に進む必要があると考えているからです。

手術に用いる内視鏡。
わきに2.5mmほどの小さな傷をつけるだけで手術可能
手術は体の左右のまず片側にのみ実施
また、重要なのは、神経の遮断をまず体の片側のみ行い、
期間を空けて反対側も行うという手順です。
これには二つの理由があります。
まず、両側を一度に行うと、代償性発汗を強く感じることがあります。
最初に片側だけ行って、代償性発汗の現れ方を観察し、
反対側を行うときに神経の遮断箇所を変更して対策することで、
代償性発汗がほぼ克服できるのです。
片側を行ってから最短6ヵ月後、
必ず汗をかきやすい夏場の時期をはさんでから追加手術を行います。
もう一つの理由は、
片側を行うだけでも、左右両側の手、わき、顔の汗が減り、
反対側を手術する必要がなくなるかたが一定数いることです。
さらに、同じ神経を遮断するのでも神経節(末梢神経の途中で神経細胞が集合し、太い結節状になった部分)の前で切除することが、代償性発汗防止に重要とわかりました。
神経節の後で切除すると、
発汗を促す信号(アドレナリン)の出口が残り、
近くにある神経の受容体がそれを受け取り、代償性発汗を引き起こすのです。
考えてみれば単純なことですが、
ETSを行っている医師でもまだほとんど知らない事実だろうと思います。
今後こうした知見が広がり、
代償性発汗を引き起こさないETS手術が普及すれば、
多汗症に悩む多くの人に福音となると考えています。