解説者のプロフィール

藤巻あつこ
1921年東京生まれ。梅に魅せられ、梅干しや梅酒づくりのほか、梅を利用した調味料や料理にも造詣が深く、おいしいレシピにも定評がある。『梅干しと漬けものの本 レシピ104』(ルックナゥ)、『はじめての梅干し&梅レシピ』(主婦と生活社)、『梅名人・藤巻あつこ秘伝の梅仕事』(家の光協会)など著書多数。
天日を浴びた梅干しをつまみ食いしてた幼少期
21歳で嫁いで以来、かれこれ76年間、私は毎年、梅仕事をしています。
私は子どもの頃から梅干しが大好き。実家にいた頃は、ばあやが梅干しを漬けるのをよく見ていました。
夏の土用の頃になると、庭にずら~っと梅を並べ、天日に干します。その梅干しをこっそりつまみ食いするのが何よりの楽しみでした。
日に干されてふんわり温かい梅干しは、柔らかくて、梅の味と酸っぱさとが混ざり合って、とてもおいしいのです。
私は一つでは物足りず、二つも三つも食べて、「今年の梅は上出来だな」とか「今年はイマイチだな」などと、生意気にも味の品評をしていました。
ですから、結婚して梅が近くにあると知ったときは、すぐに近所のおばさんに漬け方を聞いて、漬けてみたのです。
梅干しは土地によって仕上がりがまったく違います。ですから、その土地の梅の漬け方は、その土地の人に聞くのがいちばんなのです。

漬け続けた梅干しや梅仕事はこんなにたくさん!

ときにはいたずらっ子の表情で幼少期を語る
毎年同じように漬けても仕上がりが違う
梅干しは、毎年同じように漬けていても、毎年仕上がりが違います。今年おいしくできたから、来年もおいしくできるとは限りません。
毎年、暑さ寒さや梅雨のあり方など、条件が違ってくるから、似たような味の梅干しはできても、同じ味の梅干しは二度と作れません。それがまた、梅干しの奥深いところです。
私が重視しているのは、梅の出来具合いとお天気でしょうか。梅も人間と一緒で、育ちがよくて見た目がきれいなものほど、おいしく漬かります。
でも、どんなによい梅でも、色が違うものを一緒につけてはいけません。黄熟したものから漬け、青い梅は黄色くなるのを待って、順に追い漬け(上にのせて漬けていく)します。
そして、人の手ではどうにもならないのが、お天気です。春先の花の咲く時期に暑すぎたり寒すぎたりすると、花がだめになってしまいます。
また、天日干しの時期に雨が続くと、干すタイミングが合わなくて困りますね。
梅干し作りには、普通のお天気がいいのです。でも、最近はふつうのお天気の年が少なくなりましたね。
太陽光線が強くなっているし、暑くなるのも早いかと思えば、変な時期に梅雨が来たり。でも、毎年毎年、その年の天候に合わせて漬け方を変えていくのも、梅干し作りの魅力じゃないかしら。
あとは土ですね。田舎の梅干しがおいしいのは、土があるからです。アスファルトに囲まれた都会では、どうしても梅が乾燥してしまいます。
お庭に土があっても、二階のベランダに干したらだめですよ。土に近いところで干すから、梅がやさしくなるのです。
梅干しは、天の恵みと地の恵みが一緒になって、おいしくなるんですね。

「一度として同じ梅干しは作れない」と藤巻さん
失敗しても大丈夫!漬けてみれば発見がある
でも、難しく考えることはありません。私も最初は人に聞きましたが、あとは全部、我流。梅干しは、自分で漬けて、初めていろいろな発見があります。
たとえば、梅干しは漬ける人の手が変わると味が変わります。いつだったか、仕上がりがいつもと違う年があって変だなと思いました。そのとき、おおぜいの人の手が入っていたことに気づいたのです。一つの樽は一人の手で。そうすれば、そんなに間違いはありません。
また、土用干しのときに夜露に当てると、皮が柔らかくなります。これも、漬けているうちに覚えたことです。
ですから、まず自分で漬けてみてください。失敗しても、次はこうしましょうと考えて工夫することがおもしろいのです。最初は欲張らず、少量から漬けると、失敗してもそんなに痛手は大きくないでしょう。それに、失敗って言ったって、たいした失敗にはなりませんよ。

好奇心たっぷりで梅仕事をするのが元気の秘訣
1日1粒の梅干しで病気知らず肌もツルツル
出来上がった梅干しは、いろいろなお料理に使って楽しめます(レシピページ参照)。私はお料理が好きで、自分でいろいろなレシピを考案しましたが、やっぱり最後に落ち着くのは、おにぎりと梅干しですね。
特に、梅肉とおかかのおにぎりが好きで、食欲のない夏でも、これなら三つくらいはペロリといただけます。
ただし、梅干しがいくら好きでも、一日にいくつも食べるのはよくないそうですよ。以前、梅を研究されている先生から、1日1粒食べれば十分だと教えていただきました。
この先生もそうですが、梅干しのおかげでたくさんの出会いがありました。4年に1回開かれる梅干しコンテストの審査員に、5回も招かれて参加いたしました。そのとき、全国から寄せられた梅干しを味見して、その土地土地の梅干しの味に驚いたことを覚えています。
また、450年もたつ戦国時代の貴重な梅干しを分けていただいたのも、梅のご縁でした。
梅干しのおかげか、私はこの年になっても大病したことがなく、医者にかかったこともほとんどありません。足腰も丈夫だし、ありがたいことに「お肌もツルツルですね」とほめられることもあります。
庭に梅の木が1本あると、一生楽しめます。つぼみがつけば開花が楽しみになり、花が咲けばそれを愛でて楽しみ、実がなれば梅干し作りの楽しみがあります。うまくできるとうれしいし、失敗しても、次はこうしようと考える楽しみがあります。
今年もまた、梅のなる時期が近づいてきました。もう今からいつ完熟になるかと、ソワソワ、ワクワクしています。

旧和歌山城内から見つかったという戦国時代の梅干し。「食べてはいけないって言われたけど、食べないとわからないから、こっそり食べちゃったの。ちゃんと梅の味がして、酸っぱくて、おいしかったですよ」と藤巻先生