友人が多いから幸せとは限らない
人生を身軽に生きていくには、人間関係を見直すことも必要です。
多くの人は、「友達や知人が多いほうが人生は幸せ」と思っているようですが、果たしてそうでしょうか。
友達が多いほど幸せというのは、あくまでもイメージに過ぎず、多くの人に囲まれて毎日ワイワイ過ごしているからといって、当人が幸せとは限りません。
反対に、友人の数は少なくても、信頼できる人と深い友情を築き、自分ひとりの時間も充実して過ごせているような人は、豊かな人生ではないでしょうか。
友人・知人が多いと、それだけつきあいに時間が割かれることになります。
相談や頼みごとに応じなければいけないし、贈り物にはお返しをしなければいけない。
交際範囲が広いほど、時間もお金もかかります。
若いうちは、人脈の広さが有利に働く場面もあるかもしれませんが、人生の「結」に突入した60歳以降は、むやみに人間関係を広げたり、表面上だけの関係を維持する必要はないでしょう。
面倒なギブ・アンド・テイクなど考えなくても関係が壊れない、信頼できる友人が何人かいればじゅうぶんだと思います。
人間関係の整理を考えたとき、私が真っ先に実行したのは、年賀状をやめることでした。
私の場合、仕事から離れるのは、年末年始だけ。
12月28日に仕事納めをし、翌日は温泉に一泊。
30日はゴルフをし、その夜にアシスタントや担当編集者と忘年会を開くのが、恒例の過ごしかたです。
ただでさえ忙しい年末に、年賀状を書いている時間はありません。
それよりも、たいせつな人たちとの時間を優先するほうが、よほど有意義だと思ったのです。
年賀状をやめる唯一の方法は、出さないことです。
心苦しければ、来年からは年賀状を送る必要がない旨をきちんと書いた年賀状を出して、それを最後にすればよいでしょう。
お歳暮やお中元のつきあいも同じです。
どこかで断ち切らないと、負担を感じながらいつまでもやり取りを続けることになります。
贈るときやお返しの際に、「これで最後にしましょう」という旨の手紙を添えて、終わりにすればいいと思います。

家庭内でも「ひとり暮らし」の感覚を
家族や夫婦関係についても、距離感やつきあい方を考え直すことがたいせつです。
家族というのは、いずれバラバラになるのがあたりまえ。
親の役目は、子どもを自立させることですから、物理的にも精神的にも、いつか子どもは親元を離れていかなければなりません。
夫婦といえども元は他人。
子育てという共同作業を終えたあとは、それぞれのペースで、つかず離れずの距離感を保ったほうが、お互い気が楽でしょう。
それを「家族は仲よくあらねばならない」「夫婦はいつもいっしょにいるもの」といった一種の強迫観念で互いを縛り合うのは、苦しいことです。
子育てを終えたら、子どもだけでなく親も家族から自立し、各自の生き方を尊重する関係に移行していけたらベストだと思います。
例えば、子どもが独立したら夫婦各自が自分の部屋を持ち、ひとり暮らしどうしの共同生活のような感覚で、暮らすのがいいのではないでしょうか。
それまで干渉しあって生きてきたのですから、そろそろ自分の好きなことを優先し、ときどきいっしょに過ごすくらいが、気楽に生活できるでしょう。
孤独力を身につけ家族や友人から自立する
では、家族から自立するには、何が必要か。
私は「孤独力」を身につけることがたいせつだと考えています。
孤独力とは、世間との交流を拒んで引きこもったり、頑固になって孤立したりすることではありません。
どんな状況でも、一人の時間を楽しむ力のことです。
たとえば、私はファミレスでマンガのあらすじを考えます。
わざわざファミレスに行くのは、周りに人がいてザワザワしているほうが、一人の時間を満喫できるから。
お客さんを観察しながら、「この人はどんな人だろう」と想像するのは、楽しいものです。
そんなふうに、どこにいても自分のペースで、周りに迷惑をかけず、ひとりきりでも楽しみを見いだせる力が、孤独力です。
孤独力を身につけることは、家族や友人に頼り切らずに、周りの人たちと適度に交わりながら、充実した人生を送る秘訣だと思います。
そのためにも、自分にとってほんとうにたいせつな物事を取捨選択する「人生の片づけ」が必要なのです。
解説者のプロフィール

弘兼憲史
1947年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に入社。73年、漫画家を目指して退職し、74年、『風薫る』で漫画家デビュー。その後『人間交差点』で小学館漫画賞、『課長島耕作』で講談社漫画賞、『黄昏流星群』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、日本漫画家協会賞大賞を受賞し、2007年、紫綬褒章を受章。漫画以外の著書も多数あり、『弘兼流60歳からの手ぶら人生』(海竜社)などがある。