肥満に対する治療は、食事や運動など生活習慣の改善が基本。
それでも効果が見込めない場合の手段として、「減量手術」が行われることがあります。
元サッカー選手のマラドーナや、元力士のKONISHIKIが受けたことでも話題になりました。
この減量手術ですが、糖尿病や高血圧など合併症を伴う肥満の治療を目的に行われるもので、合併症の改善率はたいへん高く、海外では年間50万例以上も行われています。
日本でも2014年に術式の一つが保険適用となって以来、しだいに減量手術が広まってきています。
減量手術を含めた高度肥満症の治療を実施している、東邦大学医療センター佐倉病院の大城崇司先生に伺いました。
【取材・文】山本太郎(医療ジャーナリスト)
治療の基本は食事療法と運動療法
――手術が必要となる「肥満症」とは、どのような状態なのでしょうか?
大城:「肥満」は、体脂肪が過剰に蓄積した状態のことで、それ自体が病気ではありません。
それに対して、肥満がベースになって合併症が生じ、治療のために減量が必要となる状態を「肥満症」と呼びます。
肥満の判定には一般にBMI(ボディ・マス・インデックス)が用いられます。
「体重〈kg〉÷(身長〈gm〉×身長〈m〉)」で求められます。
BMIは日本では「22」を標準として、「25以上」を肥満とします。
ちなみに、WHO(世界保健機関)による国際的な基準では「30以上」を肥満とします。
これは、日本人がBMI25を超えたあたりから、耐糖能障害、脂質異常症、高血圧といった合併症の発生頻度が高まるためです。
日本人は「肥満に弱い人種」なのです。
肥満に伴う主な合併症は、前述した糖尿病、高血圧、脂質異常症(血中コレステロールや中性脂肪が基準よりも高い)のほか高尿酸血症(痛風につながる)、動脈硬化(脳卒中や心臓病につながる)、腎臓病、睡眠時無呼吸症候群、関節痛などです。
女性の場合、月経不順・不妊につながることもあります。
肥満症と診断された場合、一般にまず内科的治療を行います。
内科的治療には薬物療法も含まれますが、基本となるのは、食事療法と運動療法です。
特に食事療法は肥満症の治療において、たいへん重要です。
こうした内科的治療を一定期間行っても十分な効果が得られない、18~65歳のBMI35以上の患者さんが減量手術の対象となります。
減量手術は、単にやせたいからという理由で受けるようなものではなく、合併症のある高度肥満、かつ通常の治療では効果のない人が対象と考えてください。
ちなみに、当院を受診される肥満症の外来患者さんで減量手術に至る割合は、全体の約2割程度です。

術式の一つが保険適応
──では、減量手術はどのようなものなのでしょうか?
大城:減量手術には主に、以下のような方法があります。
それぞれの特徴を簡単にご説明しましょう。
1.スリーブ状胃切除術
胃を切除して、バナナのように細くする手術です。
残る胃の容量は100㎖程度。
元の胃の、3割程度を残すといった感じです。
胃の容量が減ると、要するに、たくさん食べられなくなりますから、自然と食事摂取が制限できます。
加えて、この手術をすると、食欲を増進するホルモン(グレリン)の分泌が減ること、インスリンの効果を高めるホルモン(インクレチン)の分泌が増えることもわかっています。
比較的新しい手術方式ですが、現在では唯一の保険適用になっており、日本では最も多く行われています。
他の方法と比べてシンプルなので行いやすい半面、万が一、縫合不全など手術に伴う合併症が起きてしまった場合に治りづらいという問題点もあります。
2.胃バイパス術
胃の上部を小さな袋状になるように切り離し、途中で切った小腸につなげる手術です。
消化吸収の面では、2m近くの小腸がバイパスされることになります。
米国など海外で最も多く行われています。
食事摂取量の制限に加え、小腸での栄養吸収が阻害され、減量効果が高くなります。
また、消化管ホルモンの分泌変化によって、糖尿病などの合併症改善率が他の方法よりも高まります。
一方、栄養吸収阻害による弊害を防ぐため、術後はビタミンやミネラルなどのサプリメントを摂取し続ける必要があります。
また、留置した胃の検査がしづらいので、ピロリ菌感染など胃ガンのリスクがある人には勧められません。
3.スリーブバイパス術
スリーブ状胃切除を行った上で、十二指腸を切り離し、途中で切った小腸につなげる手術です。
ちょうど1と2を合わせたような手術です。
切った胃は取り出すため、通常の胃の検査ができる点では胃バイパスの欠点を補う手術だといえます。
ただし、手術は最も複雑になります。
以前は、減量手術は開腹で行っていましたが、近年では腹腔鏡で行えるようになりました。
腹部に数ヵ所の小さな穴を開けて器具を挿入し、モニターを見ながら行うのです。
視野が確保されることで手術の安全性も高まり、体への侵襲(手術によって傷つけること)も少なくて済むようになりました。
当院では実施していませんが、「胃バインディング術」といって、シリコンのバンドを胃に巻きつけ、容量を小さくする手術もあります。
他の方法と比べて減量、糖尿病改善効果は低いですが、胃を切る必要がないのが長所です。
肥満が比較的軽度で、術後に運動療法や食事療法をしっかりと実践できる患者さんに適しています。

糖尿病や高血圧の改善率は100%
──減量手術を行うと、実際にはどのような効果が得られるのでしょうか?
大城:わかりやすいよう、具体的な症例を挙げながらご説明しましょう。
30代後半の男性Aさんは、手術前の体重が152㎏で、糖尿病、高血圧、重度の睡眠時無呼吸症候群も起こしていました。
睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中に呼吸が一時的に止まる病気で、肥満による首周りへの脂肪の蓄積が大きな原因の一つとなります。
放置すると動脈硬化の悪化を招き、心筋梗塞や脳梗塞のリスクも高まります。
糖尿病や高血圧の治療薬を何年も飲んでいましたが、コントロールが思わしくなく、肥満症の内科的治療もうまくいかなかったため、スリーブ状胃切除術を行うことにしました。
術後、50㎏ほど減量でき、体重は100㎏ほどに落ち着きました。
さらに糖尿病や高血圧も改善し、検査値が正常化。
糖尿病の薬の服用をやめることができ、血圧の薬は3種類から1種類に減らすことができました。
睡眠時無呼吸症候群もなくなりました。
よく「胃を切除して食べられなくなると、やせ過ぎるのでは?」と心配される人がいますが、極端にやせ過ぎてしまうことはありません。
BMI35以上の人で、手術前の体重の20~30%の減量効果が得られることが一般的です。
また、食事摂取量は1日に3000~4000kcal以上も取っていた人が、1400~1500kcalくらいに落ち着くことが多く、そのようにコントロールすることが治療の目的であるともいえます。
減量手術による糖尿病や高血圧、脂質異常症の検査値改善率は、当院の症例ではいずれも100%(短期成績)です。
また、術後から一定期間が経過し、検査値が正常で服薬をやめることができた状態を治癒(寛解)と呼びますが、糖尿病で93%、脂質異常症では76%となっています(術後2年目の成績)。
高血圧は、検査値が正常になっても、重篤な病気を予防する意味合いで、しばらく服薬をやめないほうがいいと私たちは考えているため、治癒率は56%と少し下がります。
それでも、薬の服用量や種類を減らせる割合は、もっと高いです。

手術後は医療費や食費が大幅に減る
──減量手術は、どのような人が受けるといいのでしょうか?また、治療費はどのくらいかかりますか?
大城:前述のように、減量手術は単に体重を減らすことが目的ではありません。
合併症の改善を含め、活動性のある生活を取り戻すことが目的です。
近年、世界的には糖尿病を改善させることを第一の目的とした「メタボリック・サージェリー(手術)」という考え方が広まってきています。
手術をすることで、心筋梗塞や脳卒中など肥満に関連する合併症の死亡率が、9分の1程度に減るともいわれています。
なお、糖尿病になってからの期間が短く、BMIが高い人ほど、減量手術の効果が期待できます。
そういう意味では、年齢が若い人ほど検討する価値があるでしょう。
費用は、当院では保険適応のスリーブ状胃切除術が約90万円(患者負担は約30万円)、自費診療の他の手術は175~195万円ほど。
入院期間は平均1週間程度です。
費用だけ見ると高額だと思われるかもしれませんが、減量手術後は医療費や食費の削減により、年間約50万円のコスト削減になるという試算も報告されています。
5年弱で元が取れ、その後はプラスになるわけですから、若いうちに受けるほどリターンの大きい投資になるといえるでしょう。
海外の研究では、肥満女性が減量手術を受けると、妊娠しやすくなり、出産するさいには帝王切開リスクが低減するほか、胎児の大きさが正常範囲内である確率が上がるなどのメリットがあることも、示唆されています。
経験した症例では20代後半の女性患者さんに減量手術を行い、体重の減少とともに月経不順が改善したケースがあります。
この患者さんはその後、結婚・出産されました。
減量できていなければ、月経不順の影響で妊娠は困難だったと考えられます。
とはいえ、減量手術は決してハードルの低い簡単な治療ではありませんし、手術を受けさえすればよいという「魔法の治療」でもありません。
術後の定期的な外来への通院と、食事や運動など生活習慣改善の継続がなければ、リバウンドや合併症の再発が高い確率で起こるといっても過言ではありません。
実は高度肥満の人は、食べることがストレスのはけ口になっているなど、メンタルの問題がかかわっていることが多いものです。
うつ病や不安神経症など、精神疾患を合併している割合も高いです。
手術で食事摂取量が制限されると、非常につらい思いをされる人もいますから、術後のメンタル面のケアもたいへん重要です。
減量手術を実施する医療機関は今後増えていくと思われますが、外科だけでなく内科や精神科など他科と連携した「チーム医療」の体制があるかどうか。
医療機関を選ぶさいは、その点に着目されるといいでしょう。
大城崇司
1996 年、熊本大学医学部卒業。琉球大学第一外科、長崎医療センター、四谷メディカルキューブを経て2009 年より現職。専門は消化器外科、減量外科。肥満症を手術で根本的に治す外科治療に力を入れている。日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本内視鏡外科学会技術認定医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医。