解説者のプロフィール
軟骨と関節だけが痛みの原因ではない!
ひざの痛みを訴えて整形外科を受診する人の多くが、「変形性ひざ関節症」です。この病気になりやすい人の傾向として、「肥満ぎみ」「女性」「足の筋力が弱い」「運動不足」が挙げられます。この四つは、相互に関連があります。
加齢による劣化や肥満、運動不足による太ももの筋力低下などによって、ひざ関節のクッション役である半月板という軟骨が損傷したり、ひざ関節を覆う軟骨がすり減ったりすると、炎症が起こって痛みが生じるのです。
悪化を防ぐためには、早期に整形外科を受診することが大切です。まれに、重篤な病気が潜んでいる場合もありますので、一度は必ず受診しましょう。
ただ、レントゲン撮影などの所見と、実際の症状が一致しない場合も多々あります。
明らかに軟骨がすり減って、ひざ関節が変形し、O脚になっていても、あまり痛みを感じない人もいます。逆に、軟骨や関節にあまり問題がなくても、強い痛みを感じる人もいるのです。つまり、軟骨や関節だけが痛みの原因とはいえないということです。
ひざ痛の原因にはもう一つ、「関節包」という組織が関係していることがわかってきました。関節包とは、ひざ関節をすっぽりと覆うやわらかい組織で、中に関節液が入っています。その関節液が潤滑油の役割を果たして、ひざの曲げ伸ばしをスムーズにしています。
この関節包には、痛みを感じる「痛覚神経」がたくさん通っています。実は、関節包がかたくなると、通常なら感じない程度の軽微な刺激に対しても、痛みを感じてしまうことがあるのです。
関節包がかたくなる理由は、主として二つあります。
一つは、加齢です。ほかの組織と同様、関節包も老化によってかたくなります。
もう一つは、軟骨がすり減ることで起こる炎症です。炎症が関節包に広がり、関節包全体をかたくしてしまうのです。
ひざ関節の構造

関節包の柔軟性を高め太ももの筋肉も強化!
整形外科で勧められるセルフケアとして、あおむけで足を上下させ大腿四頭筋(太ももの筋肉)を鍛える運動療法があります。ひざを伸ばしたまま行うのが一般的ですが、私は、腰痛のある人にはお勧めしません。
その点、ひざ伸ばしは、腰痛持ちの人や運動習慣のない人も、安心・安全に行うことができます。
ひざ伸ばしは、医療現場では昔からひざ痛患者に指導してきた療法です。しかし、「自宅で行ってくださいね」と指導しても、あまりにも単純な動作のためか、あまり普及していないのが現状です。実にもったいないことです。
10年以上前のことですが、私たちの大学病院で「ひざ伸ばし」の有効性を確認するために、ある調査を行いました。ひざ痛を抱える患者さん53人に、ひざ伸ばしを1日3分、自宅で行ってもらい、その前後で聞き取り調査を行ったのです。すると、2ヵ月間で半分の患者さんの痛みが改善するという結果が出ました。この結果は論文としてまとめ、発表しました。
この結果を受け、私は現在まで、多くのひざ痛患者さんに「ひざ伸ばし」を勧めています。
ひざ伸ばしのやり方

自宅で毎日行っていただくと、2〜3ヵ月で、ひざの曲げ伸ばしがスムーズになり、大腿四頭筋も強化されて、ひざが安定してきます。そのころになると、半数以上の人が、「痛みが改善した」と実感するようになっています。早い人だと、3〜4週間で痛みが軽くなります。
なかには、ほかの病院で手術を勧められていた人が、当院でひざ伸ばしを勧められて実践したところ、痛みが治まったという例もあります。
やり方は簡単です。ひざに痛みのある人は、写真図解を見ながら行ってください。ひざを伸ばすだけなので、一般的な筋トレのような負荷はかからず、息が上がることもありません。でも、この簡単な動作で、関節包の柔軟性が高まって痛みが軽減します。大腿四頭筋も強化され、ひざ関節が安定し、痛みの予防・改善につながります。
ひざ伸ばしは、あまり動きがないように見えますが、実は大腿四頭筋をギュッと収縮させています。これを毎日くり返すことで、大腿四頭筋が鍛えられるのです。
ひざ痛が改善したら、再発を防ぐためにも、有酸素運動を行ってください。継続しやすいのは、ウォーキングでしょう。スピードは気にせず、ゆっくりでもいいので、1日20〜30分程度歩きます。10分ずつ3回に分けてもかまいません。
有酸素運動は、ひざ痛を悪化させる最大の原因である体重過多の予防にもなります。また、平衡機能(バランス感覚)を向上させるので、転倒防止にもつながります。
大事なのは、痛みが治まったあとも、ひざ伸ばしと有酸素運動を継続すること。「のどもと過ぎれば……」で中断すると、高い確率で再発します。歯磨きや洗顔と同様、習慣にして、痛みのない人生を送りましょう。
千葉純司
1985年、岩手医科大学医学部卒業後、東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター入局。都立広尾病院整形外科、東芝病院整形外科、ピッツバーグ大学、東京女子医科大学附属第二病院整形外科講師、同助教授、同東医療センター整形外科教授を経て、2009年より現職。