人工股関節にする前にまずは「貧乏ゆすり」を!
変形性股関節症は、股関節の関節軟骨がすり減り、痛みや可動制限を引き起こす病気です。
この病気のほとんどは、臼蓋という骨盤のくぼみの形に問題がある「臼蓋形成不全」が原因で発症します。日本人の場合、特に中高年の女性に多く、男性の約5倍ともいわれています。
病期には、四つの段階があります。いずれも、レントゲン写真を見て分けられるので、診断にはレントゲン撮影が不可欠となります。
治療には、大きく分けて次の三つがあります。
①保存療法
杖の使用、装具、理学療法、運動療法など
②関節温存手術
自分の骨を使って、変形した関節を改善する手術(自骨手術)
③人工物に置換する方法
変形した股関節を人工股関節に置き換える手術(人工関節置換術)
③の人工股関節は、20年から25年しか持たないため、手術時の年齢によっては、人工股関節を入れ替える再手術が必要になります。
したがって、人工股関節に換える手術は、これまで高齢の患者さんが主な対象とされてきました。
ところが近年、そこまで年齢のいかない患者さんにも、初めから人工股関節の手術を行うケースが増加しています。
多くの病院が関節温存手術をやらなくなったことから、45〜50歳の若さでも、90%以上に人工股関節置換術が施行されているとみられます。
確かに、人工股関節に換える手術は、「20世紀整形外科最高の手術」といわれるほど、多くの患者さんを救ってきました。
しかし、自骨で手術を行った場合には、何かあっても人工股関節に換える手が残されていますが、初めから人工股関節にしてしまうと、何か不具合があっても、自分の関節に戻すことはできません。
最初から人工股関節にしたほうがよい患者さんも、もちろんいますが、この手術は、いよいよ打つ手がなくなったときの「最終手段」と考え
るべきでしょう。
患者さんが「自分の股関節を残したい」と思うのは当然です。変形性股関節症はゆっくりと進行するので、まずは関節の負担を減らすことが大切です。その上で、①の保存療法や、②の関節温存手術による改善の可能性が十分に検討されなくてはなりません。
しかも最近、①と②の成績を向上させる新たな治療法が見つかりました。それが「貧乏ゆすり(ジグリング)」です。

ジグリング(貧乏ゆすり)のやり方

軟骨が再生する「貧乏ゆすり」のやり方
レントゲン写真で軟骨の再生を多数確認
ヒントになったのは、カナダの整形外科医・ソルター博士が考案した、CPMという医療機器です。
これは「呼吸をすることで、24時間休むことなく動き続ける肋椎関節と胸肋関節(胸郭を構成する関節)には、生涯、関節症が起こらない」ことに着目して開発されたものですが、一般的には、関節の可動域を広げるリハビリ用の器具として使用されています。
ソルター博士は、CPMで、ウサギのひざの関節軟骨が再生することを証明しました。
一般に「変形性関節症の軟骨は再生しない」といわれていましたが、私はこのCPMに興味を持ちました。軟骨が本当に再生するのなら、治療の大きな助けになります。
とはいえ、効果を得るには、それこそ呼吸をするように、長時間使い続ける必要があるわけです。CPMは高額で、しかも大きな装置ですから、現実的には無理な話でした。
そこで、CPMのように、「関節に負担をかけない、持続的な摩擦運動」を手軽に、そしてお金をかけずにできる方法としてひらめいたのが、貧乏ゆすりです。
当院で症例が多いのは、キアリ骨盤骨切り術(骨盤を横に切り、下の骨を内側にずらして臼蓋の面積を広げる手術)をはじめとする、患者さん自身の骨で行う関節温存手術ですが、術後に、股関節のすき間が十分にあかないケースがあります。
私は、そうした患者さんに貧乏ゆすりを勧めてみました。
その結果は、私の予想をはるかに超えるものでした。貧乏ゆすりは、術後に関節のすき間があかなかった患者さんに有効だったばかりか、十数年前に自骨手術をし、再び股関節のすき間が狭くなってきた患者さんにも、効果が認められました。
さらに、手術をするのがむずかしい末期の患者さんでも、貧乏ゆすりをすることで軟骨が再生し、手術を回避できた症例が現れたのです。
これまで、変形性股関節症の保存療法としては、筋肉トレーニングや水泳がよいとされてきました。
しかし、それが真に有効であることをレントゲン写真で示した例は、かつて一件もありません。貧乏ゆすりは、関節軟骨の再生をレントゲン写真で証明した、世界で初めての治療法です。
貧乏ゆすりで軟骨の再生を目指すなら、まず、「病気は医者が治す」との考えを捨て、「自分の病気は自分で治す」という強い意志が必要です。
そして、「癖になるほど」やること。まとめてやるより、こまめに分けて朝昼晩と行うほうが、効果は上がります。
ジグリング(貧乏ゆすり)のメリット

高齢の人にもめざましい効果がある
意外なことに、貧乏ゆすりで驚くべき成果を上げているのは、70〜80歳の高齢の患者さんたちです。人間には、いくつになっても、それだけ再生する能力が備わっているのです。
加えて、その年代は、関節に負担のない生活を送れる人が多い、という事実もあります。
40〜50歳の患者さんは、仕事が忙しく、行動も活発です。杖をつくように指導しても、なかなか守ってもらえません。
しかし、貧乏ゆすりで成果を上げるには、せっかく再生した軟骨の萌芽をつぶさないように、股関節に負荷をかけない生活を送ることが、何よりも重要なのです。
また、臼蓋形成不全が軽度であることも、大切な条件です。貧乏ゆすりでいくら股関節に軟骨ができても、その面積が狭ければ、体を支えきれず、痛みは取れません。その場合、自分の骨で手術を行い、軟骨がつく土台を作ってから、貧乏ゆすりをするようにします。
軟骨が再生するのに要する期間は、早ければ数ヵ月という例もありますが、だいたいは2年が目安です。
これを少しでも早めたいなら、先に述べたように、股関節に負荷をかけない生活を送るようにすることです。重いものを持たない、体重を減らす、歩く距離を減らす、走らない。きつい筋トレや水泳、水中歩行といった運動もお休みです。
これとは逆に、杖の使用は大変有効です。杖を使うと、股関節への負荷が、10〜40%も減らせるとのデータもあります。可能なら、車イスで生活すると、さらに早い回復が期待できるでしょう。
ただ、軟骨が再生するまで時間はかかるものの、「痛みが消えた」「痛みが軽くなった」という変化は、多くの患者さんが2〜3ヵ月で実感されます。回数をやっただけ効果を感じられるのが、この療法の強みです。
貧乏ゆすりは、自分の股関節を残したい人や、手術をしたくない患者さんに、新たな可能性を示す、注目の治療法です。


井上明生
柳川リハビリテーション病院名誉院長。変形性股関節症治療の権威。1961年大阪大学医学部卒業、1966年同大学院修了。ロンドン大学留学を経て、大阪大学整形外科准教授、久留米大学整形外科教授を歴任。2000年4月より、柳川リハビリテーション学院学院長、2001年4月より柳川リハビリテーション病院院長に就任。2011年4月より現職。変形性股関節症に対する「貧乏ゆすり(ジグリング)」の効果の研究と啓蒙に努めている。
変形性股関節症治療の権威、井上明生先生