解説者のプロフィール

久保田競(くぼた・きそう)
京都大学名誉教授・脳科学者。
1932年、大阪生まれ。
医学博士。
1957年、東京大学医学部卒。
同大学院で、脳研究の第一人者・時実利彦教授のもと、脳神経生理学を学ぶ。
1967年に京都大学霊長類研究所神経生理研究部門助教授に就任後、教授・同所長を歴任。
1996年に京都大学を定年で退官し、現在同大学名誉教授。
脳の健康増進だけでなくガンや高血圧を予防する
ここでは、脳の働きを改善する効果が研究で明らかになっている、2つの栄養素を紹介します。
1つ目の栄養素は、「オメガ3系脂肪酸」です。
脂肪酸には、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の2種類があります。
飽和脂肪酸は、バターやラードなど、常温で固体のものが多いですが、不飽和脂肪酸は、常温では液体です。
不飽和脂肪酸は、さらにいくつかの種類にわかれます。
そのうちの1つが、オメガ3系脂肪酸です。
オメガ3系脂肪酸は、健康科学の最先端研究機関であるNIH(米国国立衛生研究所)も、「高齢者の認知機能の低下を改善する」「気分障害の治療の基礎となる」と発表し、脳機能を改善する栄養素として勧められています。
オメガ3系脂肪酸は、体内に取り込まれると「リン脂質」の材料になります。
リン脂質は、細胞膜の成分です。脳にある神経細胞の膜を作るうえでも、リン脂質は欠かせません。
「ドーパミン」や「セロトニン」という言葉を聞いたことがあるかたも多いでしょう。
これらは、神経伝達物質と呼ばれるものです。

脳の神経細胞は、神経伝達物資を互いにやり取りしています。
このやり取りのおかげで、私たちは何かを考えたり、思い出したりすることができます。
そして、神経細胞の膜には、神経伝達物質の受け皿があり、このやり取りを支えているのです。
ところが、リン脂質の成分であるオメガ3系脂肪酸が少なくなると、細胞膜の働きが悪くなるので、神経伝達物質がスムーズにやりとりできなくなってしまいます。
そうなれば、思考力や判断力が低下してしまいます。
オメガ3系脂肪酸は、脳の神経細胞にとって、欠かせないものなのです。
オメガ3系脂肪酸を適切に摂取すれば、脳機能はもちろん、病気や不調の改善も期待できます。
というのも、先ほどお話ししたNIHの研究によって、オメガ3系脂肪酸の適切な摂取は、子どもの脳の発達に不可欠で、大腸ガン、乳ガン、前立腺ガン、高血圧、心臓血管系の疾患の予防にも役立つことが、明らかになっているからです。
クルミ1つかみで記憶力や学習能力が改善
オメガ3系脂肪酸には、いくつかの種類があります。
有名なのが、青魚に多く含まれる「DHA(ドコサヘキサエン酸)」と「EPA(エイコペンタエン酸)」です。
特にDHAは、脳の細胞膜に多く含まれる、重要な脂肪酸です。
この2つに加えて、植物性のオメガ3系脂肪酸である「α−リノレン酸」にも、ぜひ注目していただきたいと思います。
α−リノレン酸は、「クルミ」や「亜麻仁油」に豊富に含まれています。
毎日、青魚が食べられないというかたもいるでしょう。
そんなときは、オメガ3系脂肪酸が体に不足しないように、こうした食材を摂取するといいでしょう。
ちなみに、α−リノレン酸は、体内でごく一部が、DHAやEPAに変換されることがわかっています。
α−リノレン酸の1日の摂取推奨量は、約2・5gです。
クルミなら1つかみ分(約28g)、亜麻仁油ならティースプーン1杯(約4g)で、この量を摂取できます。

ちなみにアメリカでは、高齢ラットにクルミを含む食事(人間ではクルミ約28gに相当)を食べさせた結果、加齢性の認知障害や、運動障害が改善したという研究報告があります。
同じくマウス実験で、クルミの摂取により、人間のアルツハイマー病に当てはまる症状(記憶力や学習能力の低下など)が改善したという結果も出ています。
短期記憶に関わるコリンは卵に豊富に含まれる
2つ目の栄養素は「コリン」と言います。
コリンも、NIHが推奨する栄養素です。
体内に入ったコリンは「アセチルコリン」という神経伝達物質の材料になります。
アセチルコリンは、脳のさまざまな機能に関わりますが、特に記憶を一時的に留めておく脳の働き(短期記憶)に不可欠な物質です。
コリンの1日の摂取推奨量は、約500mgです。
食品では、卵1個分の黄身に250mg、納豆小パック(50g)に約60mgのコリンが含まれますから、1日に卵を2個食べればじゅうぶんです。
「最近、記憶力が悪くなって物忘れをしやすくなった」「集中力が続かない」など、脳機能の不調を感じているかたは、オメガ3系脂肪酸とコリンの「最強コンビ」を摂取するよう、心がけてみてください。