解説者のプロフィール
食いしばりを正せば不調の多くは治る
しつこい肩こり、各所の痛みのほか、耳鳴りやめまい、倦怠感、不眠など、不定愁訴に悩む人が急増しています。
私は多くの患者さんの口腔内を診てきた経験から、こうした症状の大半は、「食いしばり」が原因だと考えています。
その食いしばりに着目し、それを正す治療を始めてからは、慢性的な不調の多くが劇的に改善するようになりました。
今ではインターネットで当院の治療法を知り、不定愁訴の改善を求めて、遠方からも人がたくさんいらっしゃいます。
なぜ、食いしばりが体の不調をもたらすのか、そのメカニズムについてご説明しましょう。
実際に試すとわかるとおり、上下の歯をグッと強く食いしばると、奥歯にかなりの圧力がかかります。
あごから首の後ろの筋肉までが、緊張してくるはずです。
首の後ろの筋肉が緊張すると、それに引っ張られるように下あごが後方へズレます。
実は、下あごは体のバランスを取る重要な部位です。
下あごが後ろにズレると、直立姿勢でかかとに重心がかかるようになり、全身のバランスがくずれてきます。
すると、体はバランスを取ろうとして自然とネコ背になり、姿勢がますます悪化するのです。
その結果、ひざや腰に過度な負荷がかかって痛みが生じたり、筋肉の緊張や血行不良から、首・肩のコリ、頭痛、あごの痛みなどが起こったりします。
さらに、下あごが後方にずれると気道がふさがれやすくなるため、酸素不足になりがちです。
睡眠の質が悪くなり、免疫力の低下へとつながるのです。
食いしばる原因は、生活習慣やストレス、噛み合わせの問題、歯科治療で使われる金属の問題などさまざまです。
なかでも多いのは、前歯を使わずに、奥歯ばかりで噛んでしまうことでしょう。
首の後ろをゆるめて口周りの筋肉を鍛える
奥歯ばかりで物を噛んでいると、奥歯周辺の筋肉が常に緊張し、その緊張が脳に記憶されて、寝ている間も奥歯で食いしばるクセがついてしまいます。
食いしばりは昼も夜も起こりますが、睡眠中の食いしばりは食事中の3倍以上の力がかかるので、特に問題です。
朝起きたときに疲れが残っていたり、首や肩がこっていたりする人は、まず睡眠中の食いしばりを疑ってみることです。
そうでなくても、今は奥歯ばかりで物を噛んでいる人がほとんど。
ほぼすべての人が下あごがズレて、体のバランスがくずれているといってもいいでしょう。
要するに、体の痛みや不定愁訴を改善するには、食いしばりをやめて奥歯の緊張を緩め、下あごを正しい位置に戻すことが必要なのです。
試しに、下あごを少し前に出してみてください。
その状態だと、食いしばることはできないはずです。
気道が広がり、息もたくさん吸い込めるでしょう。
下あごが正しい位置に戻ると、体のバランスも整ってきます。
そして、そのセルフケア法としてお勧めなのが、タオルを使った「下あごずらし」です。
毎日続ければ、食いしばりが是正され、体のバランスが整います。
下あごずらしのやり方は、簡単です。
まず、正面の前歯から2~3本左隣の歯で、タオルを強く噛みます。
このとき、唇は閉じて、左目はつむってください。
そして、5秒間タオルを下方向に引っ張ったら、ゆるめます。
この動作を5~10回くり返します。
次に、反対側の歯でも、同様に行います。
左右1セットを毎日行ってください。
この「下あごずらし」によって、ふだんあまり使っていない前歯にかかわる筋肉を鍛えることができます。
逆に、奥歯周辺から首の後方にかけての筋肉は休まり、緊張がゆるみます。
口周りの筋肉を鍛えることが目的なので、引っ張る力を強くし過ぎたり、歯を前方向に引っ張ったりはしないでください。
下あごずらしのやり方

私の歯科医院では、患者さんに、最初にこの「下あごずらし」を行ってもらいます。
すると、多くのかたが「肩のコリが楽になった」「腰の痛みが軽くなった」とその場でおっしゃいます。
血行がよくなり、首の後ろの筋肉がゆるんだ証拠です。
これによって、今までいかに首の後ろの筋肉が緊張していたか、そして前歯周辺の筋肉を鍛えることがいかに大切か、ということに気づいてもらえるのです。
ぜひ皆さんも、ご家庭のタオルを使ってお試しください。
西村育郎
西村歯科理事長・院長。1992年、愛知学院大学歯学部卒業。歯科医院勤務のあと、1995年に西村歯科を開業。著書に『「食いしばり」をやめれば不調はよくなる!』(現代書林)がある。