15分しか歩けなくなって受診する人が多い
私が勤務する学際的痛みセンターは、さまざまな慢性的な痛みに対して、診療科を問わず、痛みにかかわるあらゆる専門分野と連携して、治療や研究に当たっています。
脊柱管狭窄症も、慢性痛の一つです。
原因は、脊柱管が狭くなって神経を圧迫するためだといわれていますが、それだけではありません。
痛みに対する不安やストレスなど、心理的な要因も、慢性痛に深く関係しているのです。
そのことに触れる前に、脊柱管狭窄症はどういう病気か、説明しましょう。
皆さんはどんな症状が出たら脊柱管狭窄症を疑い、病院を受診するでしょうか。
最初に感じるのは、「長く立っていられない」ことや「長く歩けない」ことです。
例えば、長時間立ち仕事をしていると、足がだるくなったり、痛くなったり、しびれてきたりします。
そのうち、自然に姿勢が前かがみになり、足が痛くなって歩けなくなります。
しかし、しゃがんで少し休むと、また歩けるようになります。
これが脊柱管狭窄症に特有の「間欠跛行」です。
病状が進行するとだんだん歩ける距離が短くなり、15分くらいしか歩けなくなると、病院を受診する人が多いようです。
脊柱管狭窄症はこのように、長く立ったり歩いたりすると症状が出て、腰を丸めてしゃがむと和らぐという特徴があります。
なぜそうなるのかといえば、脊柱管の構造に理由があります。
脊柱管が非常に狭くても病状が出ない人もいる!
脊柱管は、背骨(脊椎)の中にあります。
背骨は、椎骨という骨と、椎間板というクッションの役目をする軟骨が、積み重なってできています。
首から腰にかけて、7個の頸椎、12個の胸椎、5個の腰椎、仙骨、尾骨で構成され、横から見ると、緩やかな「S字状のカーブ」を描き、体重をうまく分散させる働きがあります。
椎骨は、おなか側の椎体、背中側の椎弓から成り、それらの間にできた、筒状の空間の通り道が「脊柱管」です。
脊柱管の中には、脊髄(脳と体の各部を結ぶ神経組織)という大事な神経があります。
それを守るために、脊柱管の周囲はかたい膜(硬膜)に覆われており、その中を脳脊髄液が満たしています。
この脳脊髄液と硬膜、背骨によって、脊髄は三重に守られているのです。
脊髄は、第2腰椎の辺りで終わり、そこから下は馬のしっぽのような末梢神経の束になります。
これを馬尾神経といいます。
ここから神経は左右に枝分かれし、下肢(下半身)に出ていくのです。
脊柱管狭窄症は、この枝分かれした根もと(神経根)が圧迫されたり、馬尾神経が圧迫されたりすることで起こるといわれますが、一般的に多いのは後者です。
馬尾神経がどうして圧迫されるのか、いくつか原因はありますが、その代表的なものが、脊柱管の背中側にある黄色靭帯です。
これは椎弓をつないでいる弾性線維(弾力に富む結合組織)で、加齢とともに分厚くなります。
そして、脊柱管の中に張り出してきます。
また、脊柱管のおなか側にある椎間板も、加齢などで変性して、張り出してきます。
こうして、後ろから黄色靭帯が、前から椎間板がせり出してくると、脊柱管が狭くなり、馬尾神経が圧迫されてしまうのです。
黄色靭帯は、背中を反らすとさらに縮まって前に飛び出し、脊柱管を狭くします。
それによって馬尾神経がより圧迫され、脊柱管狭窄症の症状はさらに悪化します。
しかし、背中を丸めると、黄色靭帯が伸びて脊柱管が広がり、症状が和らぐのです。
長く歩くと、徐々に背中が曲がってくるのも、神経に楽な姿勢を取ろうとするためです。
馬尾神経が圧迫されると、左右両側のお尻から足先にかけて、主に外側側面に痛みやしびれが現れます。
また、「足の裏が分厚く感じる」「厚いスリッパをはいているようだ」「足の裏に砂がついているみたい」などの異常感覚を訴えます。
馬尾神経は、膀胱の働きとも密接に関係しており、圧迫されることで、頻尿・尿もれといった排尿障害が現れることもあります。
これらの症状は、神経が圧迫されることにより、周囲の毛細血管の血流や脳脊髄液の流れが悪くなるためだと考えられています。
その一方で、脊柱管が非常に狭くなっているのに、症状が出ない人もいます。
おそらく、そういう人は筋力があって、腰がしっかり支えられ、安定しているために、脊柱管が狭くても、症状をある程度抑えられるのではないかと推測されます。
ですから、脊柱管狭窄症だからといって、安静にばかりしているのではなく、できる範囲で運動して筋力をつけるほうが、症状の緩和につながるのです。
また、脊柱管狭窄症の人は、前かがみの姿勢になりがちです。
そうすると、上半身の重心が前に移動するため、お尻や太ももの筋肉に負担がかかります。
そのため、筋肉痛を生じたり、転倒しやすくなったりします。
ですから、痛みや転倒を防ぐためにも、筋力をつける運動が必要になります。
椎骨の断面図

背骨の構造

「運動が怖い」という考え方は払拭すべきもの
ところが、過去にすごく強い腰痛を経験したり、運動したとたんに痛みがぶり返したりした経験があると、いくら「運動がいい」と勧められても、怖くてできない人がいます。
痛みに対して、強い恐怖心があるからです。
そういう人は、いつまで経ってもコルセットが手放せませんし、薬や注射に頼りがちです。
体がかたくなって動かなくなり、筋力も衰えてきます。
そして、さらに体を動かせなくなって、どんどん腰痛が悪化するという、痛みの連鎖にはまり込んでしまいます。
それを助長するのが、心理的な要因です。
痛みがあると、それだけで精神的に落ち込みます。
そのうえ、どこに行っても、何をしても痛みが治まらなければ、うつ状態に陥る傾向があります。
すると、よく眠れなくなって疲労がたまり、ますます腰の環境が悪くなっていきます。
こうした心理的な側面に対処しながら、運動療法を指導するのが私たちの取り組みです。
慢性腰痛のある人は、常に不安を抱えています。
ですから、まずその不安にしっかり耳を傾けます。
そのうえで、痛みに対する不安を一つひとつ取り除いていくような、カウンセリングを行います。
それと並行して、少しずつ体を動かすことを始め、運動しても痛くないことを実感してもらうのです。
その経験を重ねて自信がついてくると、積極的に運動ができるようになります。
こうして、「痛みがあるから体を動かせない」「運動が怖い」という考え方を少しずつ払拭し、痛みに対するマイナスの連鎖を、プラスの連鎖に変えるのです。
一般的な整形外科の治療だけでは、筋力をつけたり、筋肉の柔軟性を増したりすることはできません。
しかし、それらを獲得しないと、脊柱管狭窄症の人は、長時間立つことも、歩くこともできなくなります。
解説者のプロフィール

井上真輔
愛知医科大学学際的痛みセンター准教授。医学博士。1997年、高知医科大学医学部卒業。2005年、高知大学医学部附属病院整形外科助手。2011年、愛知医科大学医学部学際的痛みセンター講師。2015年、アイオワ大学医学部客員教授を経て2017年より現職。専門は脊椎脊髄疾患、慢性痛、神経障害性疼痛。